白布くんのことが、好きになってしまった。マラソンの授業終わりに、しっかり自覚してしまってからというもの、うまく話せなくなってしまって。白布くんが授業終わりに「、ここどう解いた?」と声をかけてくれても、事務的に質問に答えるだけになってしまった。白布くんはそれに何か言いたそうな顔はしたけれど、特に言及はしてこない。たぶん、中学のときの話を聞いてしまったことに気まずさを覚えているのかもしれない。もう少しで席替えになってしまうのに。このまま席が離れたら話せなくなってしまうのかな。そう焦りはするのだけど、どう話していたか思い出せなくて。
 このままじゃだめだ。放課後、図書室で自習をしながらそう意気込む。別に、この恋が実らなくて良いから、白布くんに何か伝えなくちゃ。でもなんて切り出そうかな。そう悩んでいたわたしのスマホに吉報が入る。野中さんからのメッセージ。なんでも今週末、バレー部がインターハイの予選大会に出るのだそうだ。一般生徒の中から有志を募って応援に行くのだとか。吉浦さんが行きたいからついてきて、と言っているから一緒に行こうというお誘いだった。すぐに「行く!」と返事をしたら、野中さんから「足は大丈夫?」と汗マークつきで返信が来る。まだ少し痛むこともあるけど、全然平気だ。「大丈夫だよ」と返せば「オッケー!」とにこにこマークが返ってきた。
 中学二年生のあの日から、わたしの世界は、がらりと変わってしまった。これまで楽しいことや嬉しいことで溢れていた世界はモノクロで味気ない世界になってしまって。毎日何かに怯えていた。こんなふうに言ったらまたああなるんじゃないか。今目の間にいるこの人に嫌な思いをさせているんじゃないか。そんなふうに、いつも気になっていた。
 白布くん。わたし、白布くんが話しかけてくれて、毎日が楽しくなったよ。前よりもっと勉強が好きになったよ。全然知らなかったバレーボールに興味を持ったよ。友達ができて、おしゃべりが楽しいことだって思い出せたよ。わたしの世界は何一つ変わっていない。けれど、確かに変わった。鮮やかな色で塗り潰された。同じ絵なのにきれいな色に塗り替えられたよ。それが、毎日、すごく嬉しいんだよ。



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「牛島ナイッサー!」

 運動部の応援って、迫力がすごい。圧倒されつつ野中さんと吉浦さんの隣で縮こまる。いつもよりピリピリした雰囲気。全国大会出場をかけている大会だ。選手たちもピリピリして当たり前なのだろう。
 有志で集まった生徒たちも応援の仕方を教えてもらったのでそれぞれが声を出して応援している。試合は白鳥沢学園が1セット先取したばかり。次のセットで勝敗が決まる。かなりの点差で1セットを取ったけれど、選手たちは一切手を抜く様子はなく、一気に勝ちを取りに行こうとしている雰囲気だ。
 白布くん。額に滲んだ汗を拭ってボールを一点に見つめている。そのまっすぐな視線が、迷いのない表情が。わたしは、とても好きだなあ。
 白布くんが上げたトスと牛島先輩が打ち抜く。きれいにポイントが決まった。それに応援が沸き立ち、選手たちもガッツポーズをしている。誰もが牛島先輩に拍手を送る。わたしもそう。でも、白布くんにも手が痛くなるほど拍手を送る。どれだけ練習をしてきて、どれだけボールに触れてきて、どれだけ、どれだけ、どれだけ。白布くんはこれまでどれだけ努力してきたのだろう。その結果が今のポイントに込められている。そう思うと、ひどく嬉しいのだ。
 試合が進んでいき、白布くんのサーブ。あと1点取れば白鳥沢の勝ちになる。誰もが緊張してボールを見つめている中、笛の音が響いた。

「白布ナイッサー!」

 応援団の声が会場に響く。白布くん。白布くんのこれまで≠ヘ、きっと、必ず実るよ。唇が震えた。人と話すことが大好きで、大きな声を出すことも別になんでもなかった、昔のわたし。間違いだったと思っていたそれを白布くんは間違いだと言わなかった。正しいとも言わなかった。でも、肯定してくれた。そんな気がした。白布くんにそんなつもりはないだろうけど、それでも、わたしは救われたのだ。
 ぐっと拳を握る。すうっと息を吸い込む。わたしの隣で応援団に合わせて声を出そうとしている野中さんや吉浦さんを押しのけるように、少しだけ身を乗り出してしまった。

「白布くん!! ナイッサー!!!」

 キーン、と自分の耳も少し痛くなった気がする。それくらい、大きな声を出した、つもり。でも応援なんだし大きい声を出すことがふつうだ。わたしは変なことはしてない! 呼吸を整えていると、同じタイミングで言ったはずの二人が目をぱちくりさせてわたしを見ていた。

さんのそんなに大きな声、はじめて聞いたかも……」
「応援団長になれるんじゃない?」

 笑ってわたしを見てくれる。二人は「これはサービスエース獲らなきゃじゃん、白布」と言ったけれど、白布くんのサーブは相手に拾われてしまう。でも、返ってきたボールが白布くんの頭上に上がる。まっすぐ伸びた白布くんの手が、ボールに触れて、丁寧なトスが上がった。瞬きをしたその瞬間にはもう、ボールは相手コートの後方に転がっていて。笛の音とともに応援団が飛び上がった。
 耳が痛いほどの拍手が会場を包み込む。わたしも拍手を送ると、選手たちが集まってきた。牛島先輩の声とともに応援団にお辞儀をしてから、それぞれ知り合いを見つけて大きな声で会話をはじめる。白鳥沢学園の試合が今日の最後の試合らしい。少し時間があるようだ。
 なんだかほっとしていると、白布くんと目が合った。わたしじゃないかもしれない、と一瞬思った。でも、わたしが周りを見るより先に白布くんが「」と声をかけてきた。野中さんと吉浦さんが「お疲れ〜」と手を振ると、白布くん「吉浦はあっちだろ」と茶化す。白布くん、吉浦さんの好きな人のこと、知ってたんだ。思わず笑ってしまう。吉浦さんは「うるさい!」と照れくさそうにしたけど、話している人たちに勇気を出して混ざっていった。

「白布くん、お疲れ様!」
「どうも……なんか、キャラ変わったか?」
「変わってない! 元からこんな感じだよ!」
「まあ、それならいいけど。……あと、お前、声でかすぎだろ」

 照れている感じの白布くんは、汗を拭いながら「応援ありがとう」と言ってくれた。

「かっこよかったよ!」
「は?!」
「すごかったしかっこよかったよ! お疲れ様!」
「やめろ、そういうこと大声で言うな、変なふうに捉えられるだろ」
「賢二郎青春? 青春してんの?」
「違います」
「ほら、だから言ったでしょ。白布青春してるって」
「太一、やめろ」
「また応援来てね〜ん」

 白布くんは先輩らしき人と川西くんを引きずって、他の部員の後について行った。その後ろ姿、少しだけ見える耳が赤くなっていて、ちょっと自惚れてしまう。
 笑っているわたしに野中さんが「さん、白布のこと好きなの?」と内緒話をするように聞いてきた。白布くんの背中を見つめたまま、「うん」とだけ答える。野中さんは「そっか〜。じゃあまた応援来なきゃだね!」と、明るく笑ってくれた。
 白布くんのことが好きになってから、毎日がとても鮮やかで。明日が来ることが楽しみになったよ。これまでは明日なんか来なくていいって思っていたのに。何もかも全部、白布くんのおかげだよ。元々わたし、思い立ったら即行動タイプだし、思ったことはなんでも口にしたいんだ。それで人を傷つけてしまったこともあるかもしれない。だけど、だから黙ってしまうなんてこと、もうしないよ。
 いつか、白布くんにこの気持ちを言える日が来たら良いな。今はまだ、ちょっと怖いから言わないけれど。でも絶対、いつか伝えるから覚悟しておいてね。そう笑ってしまった。

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