川西くんが事あるごとにわたしに話しかけに来てくれるようになった。わたしと同じクラスの白布くんが不思議そうに見ているのがちょっと心臓に悪い。二人で話していたときに近くにいた白布くんが痺れを切らして「付き合ってるのか?」と聞いてきたときは冷や汗が出たほどだった。川西くんは笑って「どうかな〜?」と楽しそうにしていたけど、内心わたしは慌ててしまった。だって、白布くんがそう見えたのなら他の子だってそう見えているかもしれないってことだ。川西くん、そんなふうに誤解されてしまっていいのかな。そんなふうにちょっと居心地が悪くなった。
 どうしてわたしに話しかけてくれるのだろう。そんなふうに考えてはすぐに答えが出る。あのときのことを川西くんは気にしているからだ。わたしが友達になって、なんて言ったから。あんな場面に遭遇しなければ、わたしがあんなことを言わなければ、川西くんはわたしとこんなふうに話す仲にはならなかっただろう。もしかして、面倒だと思ってるんじゃないかな。何でもするって言わなきゃよかったって後悔してるんじゃないかな。それが気になって、なんだか日に日に申し訳ない気持ちになっていく。

「あ、さん」

 昼休み、用事があって職員室へ行った帰り、川西くんの声がした。立ち止まって声が聞こえた方向を見てみると、川西くん、と恐らく男子バレー部の人たちが立ち話をしているところだった。その輪の中には白布くんもいる。知っている顔は川西くんと白布くん、あとは牛島先輩だけ。声をかけられたのだから無視するわけにもいかなくて「お疲れ様」と言葉を返しておいた。

「これあげる」
「え?」

 ぬ、と伸びてきた右手がわたしの右手をつかんで、そのまま何かを握らせてきた。何かと見てみるとペットボトルのお茶におまけでついてくるかわいいウサギのマスコットキーホルダーだった。川西くんの手にペットボトルのお茶があるから、買ったときについてきたけれど使わないからわたしにくれたのだろうと予想はつく。

「かわいくない?」
「か、かわいい、けど」
「でしょ? さん好きそうだなって思ったから」

 川西くんは「どうせついてくるなら好きそうな子にあげようと思って」と言った。他に、もっと、いただろうに。そういうのが好きな女の子。わたしじゃなくて周りにいくらでも。そんなふうにぼんやり思ったけれど、右手の中にあるかわいいウサギのキーホルダーに少しだけ口元が緩む。
 これ、実はちょっと気になっていたんだよね。六種類の動物がラインナップされている商品で、ネコ、クマ、イヌ、ゾウ、リス、ウサギがある。ウサギがほしいなって思っていたけど、一番人気らしくてなかなか見つけられずにいた。それに加えて、わざわざこれを探しているんだって周りの人に思われるのが恥ずかしくて、チラッとしか売り場を探していなかった。だからほとんど諦めていたのだ。

「もらっちゃっていいの?」
「逆に俺がそれ鞄につけてたらやばくない?」
「か、かわいいと思うけど……」
「川西太一にかわいさいらないでしょ」

 おかしそうに笑って「気が向いたらどこかにつけて」と言ってくれた。ここで返したら逆に感じが悪い気がする。このまま有難くもらったほうがいい、のかな。そう思って「ありがとう」と素直にお礼を言った。川西くんは「俺が勝手に押しつけただけだから」と笑っていた。
 はっとする。川西くん、部活の人と話しているところだし早く立ち去ったほうがいいのでは? よくよく観察してみると白布くんはもちろん牛島先輩たちも話を止めてわたしと川西くんを見ている。完全に邪魔をしてしまっている。慌てて「ありがとう、ごめん邪魔しちゃって」と川西くんに言って、周辺の人には軽く頭を下げておく。そんなわたしに川西くんが「いや声かけたの俺なんだけど」と苦笑いをこぼしていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 部活前。部室に向かって少し早歩きをしていると、前を歩く川西くんと白布くんを見つけた。追いついても追い抜かしても気まずい。歩く速度を少し落として音を立てないようにそぅっと廊下を歩く。行く方向は一緒だろう。気付かれたら気を遣って声をかけてくれるかもしれない。そう思って別ルートを行こうか考えているとき、くるりと川西くんが振り返った。

さん、今から部活?」
「あ、うん!」
「女バレ今日体育館女バスと使うんだっけ? 場所足りる?」

 そんなふうに言った川西くんに白布くんが「足りるだろ」とツッコんだ。その通り。大所帯の男子部に比べると女子部は部員数が少ない。女バスも同じく人数がそこまで多いわけじゃないから、半分こしてもどうにか練習ができるのだ。
 結局声をかけてもらってしまった。川西くんを真ん中にして三人で部室棟へ向かって歩くことになってしまう。申し訳ない。そんなふうに少し縮こまっていると、川西くんがわたしのことをあっちからもこっちからも見て「え〜」と小さく笑った。

「ペンケース? スマホ?」
「え、何が?」
「ウサギ。鞄かな〜って予想してたのに」

 話の流れが読めない。ちょっと困惑しつつ、どうにかこうにか話を結びつけられてきた。川西くんがお昼休みにくれたあのウサギのキーホルダー。それを鞄につけていないこことを言っているらしい。「部屋に飾ろうと思って」と言ったら、少し残念そうにしていた。川西くん、どういうつもりで言ってるんだろう。意図がいまいち分からない。よく分からないので曖昧に笑って「検討します」と返しておく。

「そういうのつけないタイプなの?」
「まあ……そうかな。 それに変でしょ、わたしがつけてたら」
「え、なんで?」
「……な、なんで、と言われると」

 かわいいものを持っていることは恥ずかしい。すり込まれたその意識のせいだ。そんなことを知らない川西くんにそれが伝わるはずもない。首を傾げてハテナを飛ばしていた。どう説明しようか悩んだけど、なんだか言うのも恥ずかしいから黙っておくことにする。「とにかく、変だから飾るだけにしてるの」と苦笑いで押し切った。

さん、そういうの似合うのに」

 笑ってそう言った言葉が、水面に落ちたインクみたいにゆるゆると広がる。そういうの似合うのに=B心から言ってくれた言葉だろうか。それともお世辞だろうが。どっちにしても、わたしにとっては、嬉しいものだった。変じゃないのかなって一瞬でも思わせてくれた。それが少し胸に痛かった。

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