さん、甘い物好き?」

 わたしの前の席に腰を下ろして、そう聞いてきたのは川西くんだった。お昼休みの今、川西くんがわたしのクラスにいるのは白布くんに用があるからなんじゃないのかな……? そう不思議に思ったけど「好きだよ」と答えた。川西くんはポケットから「じゃあどうぞ」と言って、かわいらしいピンク色の包装紙にくるまれたお菓子をわたしの机に置く。甘い物は好きだしくれたのは嬉しいけど。ほんの少し動揺しつつそれを手に取った。
 川西くんはわたしがそれを食べるまでじっとこっちを見ていた。あの、お昼、食べたいんだけどな。ちょっと困っていると別のクラスの友達がわたしの名前を呼んでから、すぐ「あっやっぱなんでもない!」とにやにや笑って去って行った。お昼一緒に食べようって約束してたのに。勘違いされた気がする。少しがっくりしていると、川西くんが「よかったの?」と廊下に目を向けて言った。

「あ、うん。大丈夫だったみたい」
「ならいいけど、俺ここでお昼食べてもいい?」
「えっ」
「友達のこと知りたいし」

 そう言いつつお昼ご飯を広げ始める。いい、って言ってないんだけどなあ。だめと言うつもりはなかったけれど。わたしが言ったこと、真面目にやろうとしてるんだな、川西くん。そう思うとなんだか申し訳なくなった。
 川西くんとの会話はなんとなく脱力感があって頑張らなくていい雰囲気がある。積極的に人と話せないわたしにはそれが心地よくて、意外とテンポが合う相手なのかもしれない。川西くんがどう思っているかは分からないけど。卵焼きを口に運びながら、ちらりと川西くんの顔を見てみる。すると、おにぎりに向いていた視線がすぐこっちを見た。なんで分かったんだろう。

さんってポジションどこ?」
「リベロだよ」
「バレーいつからやってるの?」

 ぽんぽん会話が続く。普段あまり男子と話さないからちょっと不安だったけど、川西くんは大丈夫だなあ。あんな恥ずかしいところを見られた相手なのに。今まで男子の友達があんまりいなかったのに、本当に不思議だ。
 川西くんはバレーの話を一通りしてから最後に「スポ薦組?」と聞いた。まさか。そう笑いながら首を振る。一般入試組に決まっている。中学で大した成績を残していないわたしに声がかかるわけがない。それに、正直なところ白鳥沢学園バレー部は、男子は強豪だけれど女子はそうでもない。弱小でもないし強豪でもない。中堅レベルだからあまりスポーツ推薦が盛んではないのだ。
 誰にも言ったことはないけれど、バレーが好きでバレー部に入ったわけじゃない。小学生のときに仲が良かった子がバレーチームに入っていて、わたしのことも誘ってくれたのだ。それがきっかけでバレーをはじめた。中学のときもその子がバレー部に入ると言ったからわたしも入っただけ。友達がいるから、なんて理由、情けなくて誰にも言えずじまいでいる。
 その友達と高校は別になってしまった。けれど、小学校、中学校とバレーをやってきたから、流れでバレー部に入部した。先輩や同輩がインターハイ予選に意気込んでいる中、正直、わたしは少し気後れしている。情けないけれど。

「川西くんはスポーツ推薦なんだよね。すごいね」
「すごいかは分からないけど、まあ俺の学力でここ絶対受からないし頑張ったかな〜とは思う」

 川西くんは「普通に入試で入ってるほうがすごいじゃん」と言った。そうやって自然と人を褒めることができるの、すごいなあ。感心していると川西くんが「え、変なこと言ってる?」と不思議そうに首を傾げた。
 ふと、川西くんがわたしの鞄に目を向けた。じっと見るから変なのかと不安になって「何かついてる?」と聞きつつわたしも鞄を見る。川西くんはぱっと視線を外して「ううん」と何でもないふうに言った。

「キーホルダーとか何もついてないから、意外だなって」

 女子っていろいろつけてるじゃん、と小さく笑った。たしかに、周りの女の子の鞄にはかわいいキーホルダーがついている。一目見たらその子のだって分かるようなものばかり。けれど、わたしの鞄には何もついていない。川西くんにはそれが意外に思えたらしかった。次に川西くんはわたしのお弁当箱を見た。じいっと見てから「それも意外」と呟く。わたしのお弁当箱とお弁当包みは柄のない無地のものだ。

さん、かわいいものが好きなんだと思ってたから」

 何気なく川西くんが言った言葉に、手が止まる。かわいいものが好きなんだと思ってた。持っているものには一つもかわいいものなんかない。何もついていない鞄。柄も何もないお弁当箱とお弁当包み。川西くんは見ていないけれど、ペンケースも文房具もノートも。何一つ、かわいいものは持っていないのに。川西くんはどうしてそう思ったのだろうか。それが少し不思議だった。
 どうしてかを少し考えて、あ、と思い至ってしまう。わたしが持っているものでかわいいものは今は一つだけ。シャツとキャミソールに隠している、下着だけだった。それを見たことがあるのは洗濯をしてくれる母親と、体育の前や部活前に着替るときに見るクラスメイトの女の子、同じバレー部の人たち、そして、川西くんだけ。クラスメイトや部活の人たちはわたしがこそこそしているから知らない人も多いと思う。つまり、わたしの隠れたかわいいものを知っているのは、ほぼ母親と川西くんだけなのだ。
 見られてしまった。それを思い出して、またちょっと、恥ずかしくなってしまう。しかも川西くんに見られてしまったのは、一番お気に入りの、一番かわいいものだった。

「そんなことないよ。シンプルなのが何にでも合うし、使いやすいしね」

 笑いながら言ったわたしの言葉に川西くんは、おにぎりを頬張りながら「そう?」と小さく首を傾げていた。

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