五色からの連絡に、返信をしなくなった。変わってしまうことを怖がっているわたしが近くにいたら五色に悪いから。前に突き進もうとしている五色の邪魔になりたくなかった。どんどん突き進んでいったらいい。だって、五色はそれを望んでいるのだから。変わってしまうことが怖いなんて子どもみたい。情けない。
 ここのところ仕事の進みがとても良くて残業せずに帰れている。五色からは毎日のように「練習終わりました」「連絡ください」と来ている。でも、なんて返せばいいのか分からなくなってしまって、結局返せずじまいだ。そんなふうに過ごして早一ヶ月。十二月に入ってますます寒さを増している。会社を出て歩く間、頬に当たる風が痛くてたまらない。
 コンビニにでも寄ろうかな、と考えているときだった。スマホが鳴った。五色かな、と思いつつ見てみると、大平からの着信だ。大平から電話なんてはじめてかもしれない。ちょっとびっくりしつつ、何かあったのかと不安になって出てみると「お、出た」と聞き慣れた穏やかな声が聞こえた。

「久しぶり。珍しいね、どうしたの」
『いや、元気かなと思ってな』

 なんだそれ。元気に決まってるじゃん。そう軽く返しつつコンビニに入る。今日はご飯を作る気力もない。何かお弁当とかお惣菜とかで済ませてしまおう。そう思いつつ店内を見て回る。大平はその間にわたしの近況を聞いてきたり、何か変わったことはないかと聞いてきた。うちの副将は心配性で困る。そんなふうに笑い飛ばしつつ「特に何もないよ」と返した。

『そうか? 声に元気がないけどな』
「本当に何もないよ。毎日仕事で忙しくって大変ってくらいで」
『それならいいけどな。ちなみに、工とはどうだ?』

 びくっとしてしまう。嫌なことを聞いてくる。無意識だろうから責めるつもりはないし責める権利もないけれど。そうちょっと怖気付きつつ「どうって?」とはぐらかしてみた。大平が「最近も会ってるんだろ?」と変わらぬ声で言うけれど、わたしはというと、ちょっと上手く声を出せずにいる。情けない。嘘をつくことができないのはわたしも同じだったか。どうにか切り抜けようとしたけど大平から先回りして「会ってないのか?」と言われてしまった。

「まあ、一ヶ月くらいは、会ってない、かな」
『連絡は取ってるんだろ?』
「……五色からは来る」
『なんだそれ、は返してないってことか?』
「まあ、うん……そうだね」
『可哀想に。返してやれよ』

 苦笑いされた。その通り。せっかく連絡してくれてるのに返さないなんて本当ひどい先輩だよね、わたしもそう思う。そうは思うんだけどさあ。そんなふうに曖昧に笑っておくと、大平が「またあれか、の持病が出てるな」と笑った。持病とは一体。心当たりがないけど。そんなふうにハテナを飛ばしたら「卑屈病」と大平が言ったものだから余計にハテナが飛んだ。

『高校のときも何かとわたしなんか≠チていろいろ遠慮してたもんな』
「え、そうだったっけ」
『見ててなんかむず痒かったからよく覚えているよ』

 大平が話し出した身に覚えがありすぎるエピソード話は途中で遮っておく。卑屈、かあ。そう言われると確かに、としか言えない。そんなわたしの様子を察したのか大平が「工と何があったんだ?」と優しく言ってくれた。なんか、喋るの嫌なんだけど。そうは思うけど同輩の中で話すとすれば大平だ。諦めて白状することにした。
 かわいい後輩だと思っていたはずの五色。このままずっとかわいい後輩をかわいがる先輩というポジションにいたかったけど、五色がそれを変えようとした。嬉しかった。好きだって言ってくれて。嬉しかったから、きっぱり断れなかった。かといってオッケーする勇気もなかった。変わってしまうのが怖かったから。突き進んでいく五色がいつか、わたしのことを好きじゃなくなるかもって怖かったから。ついていく自信もないわたしが五色からの告白をオッケーできるわけもない。でも、やっぱり、バレーをしている五色のことがかっこよくて好きだ。一番近くで見ていられるならそれはどんなにいいことだろうと思う。だけど、そのポジションが自分でいいのかと思うと、自信がなかった。情けないけれど。

『でもそんなことを言っていたら他の子に取られちゃうかもしれないぞ?』
「……大平ってたまに意地の悪いこと言うよね」
『それに何より、五年経っても好きだったら付き合うって言ったんだろ?』
「だって……どうせすぐ別に好きな子できると思ってたから……」
『それはちょっと工を見くびりすぎたな』

 愉快そうに笑われる。笑い事じゃないんだけどな。でもなんか、ちょっと気持ちが整理できたかもしれない。少しだけすっきりできた気がした。

『工、連絡がないって泣きついてきたぞ』
「えっ、そうなの?」
『だから探りを入れようと思ったんだが、まあその感じなら大丈夫そうだな』
「大丈夫なのかな……?」
『大丈夫だ。あとは工とよく話し合えよ』

 電話が切れた。大平、有難いんだけど切るの突然すぎるよね。またね、くらい言わせてよ。そうちょっと苦笑いをしつつスマホを鞄に入れる。とりあえず晩ご飯を買おう。そうかごを手に取って一つ息を吐いた。
 約束の五年まで、あと三ヶ月。三月一日、ちょうど五年前に五色がわたしに告白してきた日だ。


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