十一月三十日水曜日、インカレ二日目を迎えた今日、わたしは有休を取って愛知県に来ている。贅沢に三日間もだ。そのあと土日に入るから五連休になってしまっている。上司にドキドキしながら申請したら「珍しいね?!」と大笑いされたあと、「楽しんでおいで!」と言われてほっとしてしまった。ちゃんとお土産買ってきますから、と部署のみんなに頭を下げたなあ。愛知県ははじめて来たけど、お土産に買うなら何がいいんだろうか。なんて小旅行を楽しんでいる。
 五色が所属する大学はメイン会場で試合が予定されているそうだ。一回戦を見事勝ち抜いたと連絡が来たときはほっとしたものだ。万が一一回戦で、なんてことがあったら四日間どうすればいいか路頭に迷うところだったから。まあ、負けるなんて万が一にも思っていなかったのが本音だけれど。でも、苦い高校三年生のあの試合を思い出すと、そうも言い切れなかったのが事実だった。
 大学のバレーの大会ははじめて観に来たけど、決勝とかなら違うのだろうが一般観戦が少ない気がして気が引ける。関係者らしき人ばかりだし、そうじゃなければ家族らしき人とか。平日だもんね、そりゃそうか。なんとなくこそこそと体育館に入った。
 五色の大学って強豪なのかな。あまり大学のバレー部の強豪とかに詳しくなくて申し訳ない。勉強してくればよかったな、と苦笑いをこぼしつつ着席。周りにぽつぽつと人がいる。バレー好きな人もいるようで少し安心した。ここにいても変ってことはなさそうだ。コートの中ではどこかの大学が集まって話をしているようだった。五色の姿はない。まだコートにはいないようだ。今の試合が終わった後かな。そんなふうに思っていると、ちょうど目の前で行われていた試合が終了した。インターハイや春高と変わらない熱気。なんだか懐かしさと悔しさが一辺に襲ってきて、一人で唇を噛んでしまった。
 そんなことを考えていたら、五色の姿を見つけた。ちょうどアリーナに入ってきたところだ。他のチームメイトと話をしつつ指をほぐしているところだった。久しぶりに見たかも、五色のユニフォーム姿。白鳥沢のじゃないユニフォームに少し違和感があったけど、でも、似合ってるね。心の中でそう声をかけておく。五色しか知っている選手がいないので、じっと五色を見ていたのだけど、ふと五色が顔を上げて辺りをきょろきょろしはじめる。もしかしてわたしのこと探してくれてるのかな。なんてちょっと自惚れていたら、目が合った。手を振る、のはなんか違うか。どうしようかな。そうじっと五色を見ているだけになってしまったけど、五色もわたしをじっと見ただけだった。チームメイトに声をかけられると、わたしに会釈してからチームの輪に戻っていった。



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 なんか、終始、ぼけっとしていた気がする。ホテルに戻って一人なんだかふわふわした気持ちだ。二回戦、五色の大学は勝ち上がり、明日の三回戦に進めた。白鳥沢学園以外でプレイしているところをはじめて見たからなのか、それともこんなに五色だけを見ていたことがなかったからなのかは分からない。分からないけど、五色って、あんなにかっこよかったっけ。そんなことをずっと考えている。そりゃあ白鳥沢でプレイしていたときもコートに入ればかっこいい選手であることには違いなかった。でも、それとは何か、違うのだ。胸の奥がざわざわするようなかっこよさというかなんというか。どうにも、チームに勝ってほしいと祈っていた高校生のときとは違う、別な何かを感じた。
 試合が終わってからそそくさと退散して、五色にメッセージだけ送っておいた。「おめでとう」と。五色からはしばらくして「次も勝ちます」と来ていたっけ。有休三日分、試合見られるといいな。そんなふうに思いつつ、目を閉じた。
 牛島の声を思い出した。「五色のことが好きなのか?」という、答えられなかった問いかけ。多分、わたし、五色のこと好きなんだなあ。ぽつりと天井に向かって呟いてしまう。かわいいかわいいと言って猫かわいがりしていたけれど、あのときから違っていたのかもしれない。みんなが言うように特別扱いしていたのかも。今更そう思って、恥ずかしくなった。
 だってそうじゃなきゃ、無理して有休を取ってまで来ない。今更思う。その時点で気付くよね、普通。自分の鈍さに落胆してしまう。もっとかわいい子が、とか、もっといい子が、とか言いつつ、五色からの誘いを断らなかったり五色の優しさに甘えたりするのは、全部、離しがたかったからじゃん。知らんふりをしていただけでずっとわたしの気持ちはそうだったのだろう。
 わたしが知らない、白鳥沢学園じゃないチームでプレイをする五色を見て、それを痛いほど実感してしまった。どんどん遠くに行っちゃうね、五色。どんどんわたしが知らない五色になっていくね。それが寂しかった。喜ぶべきところなのに。なんだかわたしだけ置き去りにされているみたいに思えてしまったのだ。知らないユニフォームを着て、知らない背番号を背負って、知らないチームの中にいる。とても遠いところにいる気がしてならなかった。ついていける気がしなくて、知らんふりをしたのだ、わたしは。変わってしまうことが怖かったんだなあ、わたし。情けなくてちょっと泣いた。



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 五色の大学は、準々決勝で敗退してしまった。チームメイトと抱き合って悔しそうにする五色の背中を見て、わたしも悔しくなる。でも、とても、良い試合だった。かっこよかったよ。口が裂けても本人には言えないそれを心の中でめいっぱい叫んで、会場を後にした。


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