「あ」
「……お久しぶりです」

 駅前の本屋さんに入ったら白布がいた。卒業してから三年、白布の顔を見たのも三年ぶりだ。白布たちが三年生のときに川西に会った際に電話越しでは話したけれど。あまりに急な再会だったのでわたしも白布もしばらくちょっと無言になってしまう。あんまり二人で話したこともないしなあ。そうちょっと情けなく思った。
 大学二年生になった白布は高校時代より少しだけ痩せたように見えた。それを指摘したら「毎日忙しすぎて」と眉間にしわを寄せる。医大生って大変なんだねえ。なんとなくしか知らないけど。白布はどうやら息抜きのための本を買いに来たらしい。わたしは資格試験の参考書を買いに来たところだった。なんとなくこのまま別れるのも、と思って本屋さんの外にキッチンカーが来ていることを思い出す。「メロンパン食べない?」と誘ってみたら「奢りなら食べます」とかわいいんだかかわいくないんだか分からないことを言ったので、おかしくて大笑いしてしまった。
 お互い本を買って一緒に外に出る。キッチンカーにはそれなりに人が並んでいたので、並びつつお互いの近況を話した。じわじわと呪うように「息つく間がない」「研究室が屍まみれ」と言い出した白布を笑っていたら、結構すぐに順番が回ってきた。メロンパン二つを購入して、簡易ベンチに座って一つ渡す。白布は「ありがとうございます」と真顔で言ってからもぐもぐ食べ始めた。

「そういえば五色元気ですか」
「……」
「え、なんですか。もしかして愛想が尽きて別れました?」
「そもそも付き合ってないんだけど……なんで当然のように付き合ってると思ってるの?」
「いや、だってさん五色のこと好きだったじゃないですか」
「かわいい後輩としてね?」

 あ、なんか怖いお面みたいな顔をしている。そう白布の顔を指差して笑ってやる。明らかに「何言ってんだコイツ」みたいな顔してるんだけど。先輩に向ける顔じゃないよね。

「どう見てもかわいい後輩≠超えていた感じでしたけど」

 俺から見ればですけど、と付け足して白布がメロンパンの残りを一口で食べた。意外と口、大きく開くね? そんなふうにぼけっとしていると、白布が立ち上がった。「このあと大学行くんで」と言ってから「ごちそうさまです」と言い残してさっさと歩いて行ってしまった。瀬見じゃないけど、かァいくね〜〜、と呟いておく。あれが白布の良さなんだけどね。まあ、どちらにせよ今は助かった。
 わたし、五色のこと、好きだったのかな。そんなふうに思っていたつもりはない。でも、あんまり冗談を言わない白布に言われてはじめて考えてしまった。五色のことが好き? そう頭で呟いただけなのに、なんでこんなに顔が熱くなるんだろうか。だって、ただのかわいい後輩なのに。好きなんてあるわけない。かわいいと好きはイコールじゃないでしょ。かわいがってるから好きだなんて、中学生じゃあるまいし。かわいい後輩をかわいがって何が悪い。いや、悪いとは言われていないけれど。
 もそもそと残りのメロンパンを食べて、ごみを捨てる。最後のほう味が分からなくなってしまった。白布のせいで。今度会ったら文句を言ってやろう。そう心に決めつつわたしも立ち上がって歩き始める。買った参考書が入っている袋をぶら下げて、とぼとぼと駅に向かって歩く。
 もし、もしもわたしが五色のことが好きだったとして。その場合は両思いになってしまうわけで、わたしは五色と付き合うってことになる。五色が彼氏になる、かあ。なんかピンと来ない。かわいいかわいいって言い続けた後輩だし、手とか繋いでもドキドキしなさそうだなあ。

「…………やめよ、もう考えるのなし!」

 一人で急に話したわたしにびっくりしておじさまがこっちを見ていた。恥ずかしい。本当、独り言なんか、恥ずかしい。顔が熱くなった。これは本当、独り言を聞かれたのが恥ずかしくて熱くなっただけ。別に五色と手を繋ぐ想像をして恥ずかしくなったわけじゃない。絶対に違う。


戻るこれが愛じゃないなら僕は何?