社会人二年目のある日、妙なことが起こった。出社して自分のデスクに荷物を置いて、ふとペンスタンドを見たら違和感があった。なんだろう。そうよく観察してみると、同期の女の子がくれたかわいいキャラクターがついているペンがなくなっていたのだ。使わずにかわいいから立てていたのに。記憶を辿っても、最近それを使った記憶はない。どうしてだろう。机の上を探してみたけれどどこにもないし、引き出しの中を見てももちろんなかった。誰かが勝手に借りていったのだろうか。近くの席の人に聞いてみたけど「知らない」としか言われなかった。おかしいな。そのうち出てくるといいんだけど。そんなふうに、とりあえず気に留めずに仕事をはじめた。
 妙なことはそれだけで終わらなかった。次の日、出社したら今度はメモスタンドがなくなっていた。高校のときの友達がくれたものでお気に入りだったのに。周りの人が借りていくわけもない。まさかしまったり捨てたりするわけもない。どうしてなくなったんだろう。誰かが盗ったとか? そんなふうに一瞬思ったけど、メモスタンドなんか大の大人が盗んだりしないか、と苦笑いがこぼれる。被害妄想だったな、今のは。きっとうっかりどこかにしまったのだろう。そう思ってデスクを探すけど、やっぱりない。鞄の中にもないし、間違えてごみ箱に入れてしまったのかな。昨日は触った記憶がないけれど。

さん」
「あ、おはようございます」
「これ、さんのじゃない? そこに落ちてたんだけど」

 先輩が渡してくれたのは探していたペンとメモスタンドだった。よかった、お気に入りだからなくしたかと! そんなふうにお礼を言って受け取る。先輩はにこりと笑って「見つかってよかったね」と言ってくれた。改めてお礼を言ってから仕事を開始する。先ほどの先輩は一年前にわたしに告白してきてくれた人だ。結局付き合うことにはならなかったけど、それでも今も良くしてくれている。いい先輩だ。
 それにしても、どうして触っていないペンとメモスタンドが落ちていたのだろう。思い当たる節はないのにな。不思議には思ったけれど見つかったし、誰かが使ったのかもしれないし。そう気にしないことにした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「お、来た来た! 久しぶりだな!」

 手を振ってくれた瀬見と大平に手を振り返す。瀬見は半年ぶりくらいだけど、大平は久しぶりだ。なかなか高校の友達と会えていなかったから思わず表情がほころぶ。「久しぶり〜」と言いつつ近寄っていくと、久しぶりの威圧感ある長身に懐かしさを覚える。
 白鳥沢学園男子バレー部のわたしたちの代のメンバーがいるグループトークで瀬見が「今度の土曜日暇な人〜」と呼びかけてくれた。三日前のことだったのでわたしと大平しか手を挙げなかったけれど。瀬見は残念そうにしつつも「せっかく空いてるんだし飯行こうぜ!」とお店を決めて計画をしてくれた。

、今度のインハイ予選観に行くのか?」
「あー……行きたいんだけどね……」
「仕事か」
「仕事です」
「また工が拗ねるぞ〜」

 瀬見と大平に笑われてしまって、わたしも苦笑いがこぼれた。いや、本当に、行きたいんですけどね。そんなふうに。そんなわたしに大平が「俺は有休を取ったぞ」と言った。それを言われると苦しい。取るつもりだったのだけどすっかり申請を忘れていたのだ。一ヶ月前には申請することが暗黙のルールになっているので今更言いづらくて。二年目の新人だしもう今更言えないな、そんなふうに諦めてしまったのだ。春高予選の日はばっちり調べて取るつもりだから。そんなふうに言い訳をしておく。すると大平が「なら工に教えてやらないとな」と笑った。

「……あの、一つ聞いても良い?」
「何?」
「去年山形とか川西にも言われたんだけど、五色ってそんなにわたしが来ないの気にしてるの?」
「ものすごく気にしてたよ」
「すっげー気にしてたぞ」
「嘘だあ……」

 もう卒業して二年経ったんだけど。五色、主将になったしそんなこともうどうでもいいのでは。そう苦笑いをこぼして言ったら瀬見と大平が盛大なため息を吐いた。何、そのため息。
 瀬見が探しておいてくれた店に三人で入りつつ、大平が「聞いていいものかと思って聞いてなかったんだけど」と前置きをしてわたしを見た。瀬見が「え、聞くのかよ」とちょっと気まずそうな顔をしている。なんだろうか。わたしとしては聞かれてまずいことは今のところ何もないけれど。

「卒業式のとき、工になんて言われたんだ?」
「へ? なんて、って?」
「いや、だから……告白されたのか?」
「されたよ」
「なんて返事したんだ?」
「ごめんね、って言ったよ」
「おお……リアルだな……」

 瀬見がそう苦笑いをこぼした。リアルだなって、そりゃリアルに起こったことだからね。瀬見なんか学生時代モテてたし、告白を断るなんてこと結構あったでしょうに。逆にからかい返したら瀬見が「俺のことはいいって!」と強引に話を戻した。

「てっきりオッケーするかと思ってたのになあ」
、工のこと可愛がってたしな」
「かわいい後輩ではあるけど、だからって付き合うのとは違うでしょ」
「まあ、それもそうか」
「それにどうせ勘違いだしね」

 軽く言ったつもりの言葉だったけれど、一瞬で空気が凍ってしまって驚いた。突然の静寂に怖気付きつつ顔を上げると、大平がじっとわたしを見て「それ、工に言ったか?」と聞いてきた。勘違いだよ、とは言わなかった。どうせわたしが卒業したら忘れるだろうと見越して、五年経っても好きだったらいいよ、と言っただけ。そう二人に説明したら本日二度目のため息を吐かれる。

「工、カワイソー」

 苦笑いで瀬見がそう言った。可哀想なのかな。だって、高校時代の先輩ってちょっと魅力的に見えちゃうでしょ。わたしのその意見には二人とも同調してくれたけど、でも、それとこれとは話が違うと言われてしまう。違うのかなあ。違わないと思うけど。だってわたしだよ。特に飛び抜けた何かがあるわけでもなく、どこにでもいる平々凡々な人間なだけ。どこを好きになったのかさっぱり分からない。だから、勘違い。そう結論づけた。

「五色はもっといい子、これから何人でも出会えるでしょ」

 かわいい後輩だから幸せになってほしいじゃん。気取ってそんなことを言ってみたけれど、瀬見と大平はため息を吐くばかりだった。


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