「川西めちゃくちゃ焼けてない?」
「……突然背後から声かけないでください……ビビった……」
「ごめん。つい」

 土曜日の昼。駅前のカフェでお茶をして友達と別れた後、見覚えのある背中を見つけた。近くのコンビニに入っていったその背中を追いかけ、飲み物のコーナーで悩んでいるところに声をかけた。一つ後輩だった川西だ。
 川西は「ちわす」と軽く頭を下げてくれた。真似して「ちわす」と返したら小さく笑われる。それにしても偶然だ。川西の様子からしてどうやら出かける途中のようだけれど、もしかして彼女とかかな。そんなふうにちょっとからかったら「そうだと良かったんですけど、残念ながら白布です」と遠い目をされた。白布も近くにいるのかと辺りを見渡してみたけれど、どうやら先に目的地に向かっているらしい。川西は寝坊だとのことだ。

「そんなんで大丈夫なの〜最上級生〜?」
「そこそこしっかりやってるつもりです」
「そこそこじゃ困るよ〜」

 笑ってやりつつ川西が手に取った飲み物のペットボトルを奪ってやる。川西が「え、奢ってくれます?」と嬉しそうな顔をした。素直なやつめ。「お菓子何か持っておいで」と言えば「やったー」と言いつつお菓子売り場に歩いて行った。
 お菓子を選びつつふと川西に「何してたんスか」と聞かれた。わたしのことを頭から爪先までじっと見て「え、デートですか?」と言われる。今日は久しぶりに会う友達とお茶の予定だったので、一番お気に入りの服を着てきた。それがどうやら気合いが入っている、と思われたらしい。確かに気合いは入っているけれど。お気に入りのスカートをひらりと揺らしつつ「友達とデートしてたの」と返しておいた。

「女の子ですか」
「女の子ですけども?」

 紹介してほしいのかな。そんなふうに思いつつ「なんで?」と首を傾げたら、川西はお菓子の箱を一つ手に取って「いや、まあ、はい」と歯切れの悪い返事をしてきた。はっきり良いなよ。ちなみに今日会っていた友達は彼氏がいるから無理だけどね。今日もこれから彼氏と会う予定があるから解散したんだよ。そんなふうにからかってみる。
 そんなとき、川西のスマホが鳴った。画面を見た瞬間「ゲ」と声を漏らした様子からしてどうやら白布からのようだ。急いで電話に出た川西が「今から電車に乗ります」と謝罪をはじめる。どこに行くのか横から聞いてみると、隣の県の滝を見に行くらしい。滝って。若者感はどこに消えたの。そう笑っていると川西が「え? 今? コンビニで会ったさんといる」と言う。どうやら誰か近くにいるのかと聞かれたらしい。代わって、とジェスチャーしてみると川西が「どうぞ」とあっさりスマホを渡してくれた。

「白布、甘いのと辛いのどっちがいい?」
『お久しぶりです。突然なんですか』
「ホワイトチョコがけチョコクッキーでいい?」
『いや、辛いのが良いです』
「は〜い。川西、かご入れて」
『え、さん来るんですか?』
「いや行かないけど。というか嫌そうに言われると傷付くな〜?」
『嫌じゃないです。びっくりしただけです』

 川西が持ってきたかごにスナック菓子を入れてから「じゃ。怪我しないようにね」と言って川西にスマホを返した。川西も二、三話をしてからスマホをポケットにしまうと「あざーす」と去年と何も変わっていない覇気のない笑みを見せてくれた。
 会計を済ませて袋を川西に渡す。「いやーラッキーでした」なんて言うから脇腹を小突いてやる。まあそれくらい素直に喜んでくれたほうが奢り甲斐があるけどね。かわいい後輩ですよ、本当に。なんて言ってから、土曜日なのに休みなのか、と聞きかけて口をつぐむ。そっか、もう川西たちの代、引退したのか。全国行きが叶わなかったことは見に行った同輩たちから聞いている。わたしたちの代が引退する年の予選大会を思い出してしまう。今思い出しても悔しい。でも、すごくいい試合だったな。いつもそんなふうに思い返して気が引き締まる。明日も頑張ろう。そんなふうに思える記憶になっている。
 それにしてもなんで滝? そんなふうに川西に聞いてみると、意外にも白布が行きたいと言い出したのだそうだ。受験前に馬鹿をやっておきたい、と言ったらしい。白布は医学部を受験するそうで、この小旅行のあとは本格的に受験勉強一本に打ち込むつもりなのだとか。医学部かあ。ちょっと想像がつかないけど、白布が受験するとなると結構イメージ通りかもしれない。

さん、来年は試合見に行ってやってくださいね」
「え、なんで? 日程が合えば行くつもりではいるけど」
「五色がうるさかったんで。さん一回も来なかったって拗ねてましたよ」
「え〜なにそれ。かわいい」

 けらけら笑ってしまう。まあでも、今年は本当なら行くつもりだったんだよ。川西たちの代の試合も楽しみにしてたんだけどね。そんなふうに謝っておく。川西はコンビニの袋ごとお菓子と飲み物を鞄に押し込みながら「五色だけじゃなくて俺らのことも贔屓してください」と笑った。贔屓。まあその自覚はあるけどね。川西たちもかわいい後輩ですよ、もちろん。背中をぽんぽん叩きながらそう言った。
 川西は電車の時間が近いから、と言って「ありがとうございます」と言ってから駅のほうへ歩いて行った。くれぐれも怪我には気を付けて。そう声をかけておく。まあ二人ともなんだかんだでしっかりしているし大丈夫だろうけど。高校最後の青春、楽しんできてね。小さくなっていく背中にそうこっそり笑っておいた。


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