高校を卒業して一年が経ったころには、かなり業務にも慣れて一人でやれるものが増えた。残業をすることもあるけど先輩たちと話しながらだから苦痛ではない。むしろみんなでお菓子を持ち寄って楽しくやっている。わたし、結構いい人生を歩んでいるのでは? なんて思っている。
そんなある日、同じ部署の人に告白された。三つ年上の人。同じ部署なので何度か話したことはあるけど、あまりよく知らない人だ。なんでわたしに告白してくれたんだろう。そう不思議に思いつつ、好きでもないのに付き合うなんてできないし、丁重にお断りした。相手は苦笑いをこぼして「突然ごめんね」と言ってあっさり引き下がっていった。去って行く後ろ姿を見て、ふと、一年前の卒業式を思い出してしまった。
五色、元気かな。応援に行きたかったけどこの一年はわたしも結構必死だった。来年は余裕ができて応援に行けるかもなあ。今年も大平や瀬見から誘いが来ていたけど全部仕事の都合で行けなかったんだよね。同輩から写真がたくさん送られてきていたので見に行った気になったけど。写っていた五色は何の変わりもなかった。白布や川西も。みんな元気そうだったな。あー、行きたかった。そう苦笑いをこぼしてしまった。
入社して一年目のわたしに後輩などいない。来年は採用を出さないとかなんとか聞いたので後輩はできなさそうだ。ちょっと残念。かわいい後輩が入ってくれたらもっとやる気が出るのに。それこそ五色みたいな後輩、ほしかったなあ。
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「山形だ!」
会社帰りの駅で思いっきり大きな声で言ってしまってちょっと恥ずかしい。当の本人、山形はびっくりした顔をこちらに向けてから、ブッと分かりやすく吹き出した。「声デケーよ!」と言いつつこちらに来てくれる。半年前にここに瀬見を入れた三人で会って以来だ。つい嬉しくて。そう言ったら「社会人忙しそうじゃん」と笑った。
今からバイトだと言う山形と電車を待ちながら他愛もない話をした。山形の大学でのこととか、わたしの会社でのこととか。またみんなで集まりたいねー、といつも通りの結論に辿り着く。そうは言ってもなかなか予定が合わないから困ってしまう。まあ、主にわたしの予定が合わないんだけど。
春高の予選を見に行った山形の話を聞いていると、ふと山形が思い出したようにわたしの顔を見た。何? そう首を傾げたら「五色、に会いたがってたぞ。かわいそうに」と言われてしまう。何でも山形たちが声をかけたらしばらくわたしの姿を探していたのだという。天童に「なんでさんいないんですか?!」と喚いていたとかなんとか。あら嬉しい。そう笑ってしまう。かわいい後輩に好かれて嬉しくない先輩はいない。来年は試合、応援に行けたらいいなあ。
そんなふうに思っているわたしのことを、山形がじっと見ている。その視線がなんとなく気になって「何?」と聞いてみた。山形はふいっと視線をそらしてから「あのー」とちょっと歯切れの悪い口ぶりで言った。
「ってさ」
「うん?」
「五色のことなんとも思ってないのか?」
「かわいい後輩だと思ってるけど?」
「えー……」
「ええ、何?」
山形が苦笑いをこぼして「いや、まあ、何でもないです」と勝手に自己完結させるものだから気になって。何度も何なのか聞いたけどやっぱり教えてくれない。かわいい後輩でしょ。当たり前じゃん。そう言うのだけど「はいはい、それならそれで」とはぐらかされてしまう。よく分からない。五色はかわいい後輩でしょ。それ以外に何があるっていうの?
ホームに電車が滑り込んでくる。わたしは各駅に乗らなきゃいけないからもう一本後だ。山形は「じゃ、またな」と言って電車に乗ってしまった。はぐらかされたままなんだけど。そう思いつつ手を振って見送るしかない。バイト頑張ってね。ドアが閉まって電車が動きはじめる。うーん、迷宮入りの予感。一人で苦笑いをこぼしてしまった。
一年も経てば他の子に目移りするだろうと思っていたのに。そんなふうに言っていたのならまだ勘違いをしたままなのかもしれない。五色、素直で良い子だけど頑固なところもあるからなあ。一回認識したらなかなか覚めないのかもしれない。もう少し時間がかかるかもしれない。早くかわいくて素敵な子に出会えるといいのにね。頭の中の五色にそう言っておく。必ず出会えるよ、だって五色だもん。悪いところなんて一つもない。一緒にいて楽しいし、意外と頼りになるところもあったし。好きになる女の子が必ずいるよ。そんなふうに思った。
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