の手術は成功したけど、まだしばらく学校には来られないと言われたそうだ。このままもし夏休みまで学校に来られなかったら留年になるかも、とのお母さんが言っていた。が元気な日は勉強を教えたり、先生から預かったプリントをやったり、ちょっとずつ授業に追いつけるように一応努力はしている。でも、目に見えては調子が悪くなっていって。たまに面会謝絶になっていたり、お見舞いに行っても寝ていたり、徐々にといられる時間が短くなっていって。
 そうして、夏休み目前の七月。のお母さんから、学校を退学することにしたと教えられた。にそれを提案したら笑って「仕方ないよね。ごめんね」と言っていたとも教えてくれた。学校に行くのが楽しみで病室の見えるところにかけられていた制服。おれの説明が下手でもどうにか頑張って解こうとした問題のプリント。全部、の病室からなくなった。
 の病状は良くならないまま季節は巡り、おれは高校二年に。クロは高校三年になった。だけ今も病院にいる。一時退院をたまにして家に帰ってくることもある。けれど、基本的には病院にいるようになった。目に見えて悪化している。の両親もいつも疲れた顔をしててなんだか元気がない。のお父さんは転職して、副業ができる会社に勤め始めたらしいと母親から聞いた。のお母さんもパートの数を増やして休みなしで働いているらしい。
 のお母さんに会ったときに「おれ、が好きだよ」と言った。のお母さんは面食らったような顔をしてから、見たことがないくらい真面目な顔をして言った。「研磨くんには研磨くんの人生があるでしょう」と。のことを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、ただの幼馴染という関係なのだから、そこまでのことを気にかけなくていい、と。とてもとても、真剣な顔で言われた。
 でも、おれだって真剣だよ。そう返したらのお母さんは困ったように笑って「とにかく、研磨くんはもっといろんな世界を見なさい。のことは気にしないでいいからね」と言うばかり。おれが子どもだからそう言うんだなってすぐに分かった。
 のお母さんも知っているはずなのにすっかり忘れているらしい。おれ、怒ったら、一生根に持つタイプなんだけど。にっこり笑って「うん」とのお母さんに返しておいた。



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「すごい! 春高の会場だ!」

 得意げに笑うクロが持っているスマホの画面。先週終わったばかりの春高での写真がスライドショーで映っている。「研磨汗だくだ!」とおかしそうに笑うから恥ずかしくて。部員が撮ったビデオまで借りてきてに見せ始めるし、部員一人一人に会ったこともないへのビデオメッセージを撮らせてもらったりしていて、は大喜びだった。何してんの、クロ。そう呆れているおれをが見て「研磨かっこいいね!」と楽しそうな顔をした。その顔。ちょっとそう笑っているとまたビデオに夢中になる。物好きだよね、って。おれがバレーしてるところの何がいいんだか全然分からない。

「いいなあ、見に行きたかった」
「……研磨ちょ〜かっこよかったぞ〜。ま、俺もだけど?」
「自分で言っちゃうとかっこよくないよ」
「俺に対して厳しくない?」

 がクロのスマホを両手で持って写真を見ていると、「あ、この写真ちょうだい」とスライドショーを止めた。チームメイトみんなで撮った写真だ。クロがスマホを受け取ってすぐにのスマホに送ると「他には?」と聞く。に言われるがままに写真を送りながら「欲しがりさんね〜」なんて笑っていた。
 にこにこ笑うの体が、木の枝みたいに細い。華奢なんてかわいい言葉で収まらないほど痩せている。食べても吐いてしまうようになったと看護師さんがこっそり教えてくれた。少し強い薬を使うようになったは体調不良が続き、食べ物が喉を通らなくなったので栄養剤と水分だけで過ごしているという。大好きなお菓子を食べたいなんてことは冗談でも言わなくなった。散歩に行きたいとも言わなくなった。それでも、おれとクロがお見舞いに来ると楽しそうに笑うのだ。
 見るからに悪くなっている、けれど、専門的に見ると別に悪くなっているというほどではないとかなんとか、意味の分からないことを言われた。むしろこれだけ保っているほうがすごいとかなんとか。すごくない。全然。何がすごいわけ? 大人たちはそういう小難しい言い方をして子どもを納得させようとしてくる。でもそういうの、ただの誤魔化しでしょ。そう吐き捨ててやる。


「ん? なに?」
「おれ、怒ったら一生根に持つタイプなんだよ」
「え、知ってるよ……なに、え、怖いよ……?」
「なんだよ、なんか怒らせたのか? 研磨はマジで死ぬまで忘れないから覚悟しとけよ」

 笑うクロにが「笑ってないで助けてよ〜!」と笑い返した。思う存分笑っておけば良いよ。そうおれもにっこり笑ったら二人がピシッと固まったのが分かる。こそこそとクロが「え、マジで何した? めちゃくちゃ怒ってんじゃん研磨」と耳打ちする。はそれに「何もしてないよ!」と困惑気味に返している。聞こえてるんだけど。ばかじゃないの。そう余計に笑ってしまった。



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 クロが卒業してから一年経ち、おれも高校を卒業した。バレーは辞めて大学に通い始めてから、少し考える。この世にはお金を稼ぐ方法が山のようにある。絶対サラリーマンにはなりたくないし、やりたくないこと面白くないことでお金を稼ぐのも嫌だ。好きなことでお金を稼ぐには。そう考えておれは割と悩まなかった。


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