三年生になり、侑とはクラスが離れた。 代わりに一緒になったのは治だったからなんとなく離れた気はしない。
 卒業式後の体育館での写真撮影。 北さんにお姫様抱っこされたまま泣いてしまったことを、侑は一切からかってこなかった。 侑のことだからからかってくるだろうとげんなりしていたのに、そのことに触れないのは侑だけだ。 代わりと言わんばかりに角名がからかってきたけど、侑より言い方が優しいしまったくダメージはない。 目の前にいる治もちょっとだけからかってはきたけど、ほとんど何も言ってこない。
 侑とは、まあ、ちょこちょこ話すようにしている。 無視はしていない。 でも、わたしから話しかけてはいない。 なんとなく罪悪感があるのと、北さんが好きだったことに気付かれていた恥ずかしさから、なんだかうまく話せないのだ。

「侑と仲直りした?」
「えっ」
「何で喧嘩しとったんかはよう知らんけど、まあこれからも仲良うしたってや」

 苦笑い。 そんなフォローするようなこと、なんでわざわざ言うんだろうか。 治ならこんなこと放っておきそうなのに。 よく分からないまま「まあ、うん」と頷いておいた。
















 校舎の陰に隠れて気付かなかった。 思わずびっくりして変な声を出してしまうと、侑はけらけら笑って「なーにビビっとんねん」とわたしを指さした。 月明りでぼかされて髪色が見えないから治だと間違われてしまいそうだ。 まあ、表情でなんとなく分かるんだけど。
 来週からはじまる大会に向けての練習で、時間がかなり長引いた。 こういうこともたまにあるのだけど今日は最近で一番遅くなった気がする。 更衣室から出たところを侑に捕まった、という流れだ。 何か忘れ物でもしただろうか。 そう思いつつ侑に近寄ると、「行くで」と勝手に歩き始めて行く。

「どこに?」
「はあ? 察し悪すぎやろ」
「体育館の鍵? 今日監督が閉めとく言うとったやろ」
「アホかっちゅうねん。 ちゃうわ」

 侑は振り向かず歩いていく。 仕方なくその後ろをついていってようやく気が付いた。 正門に向かっている。 もしかして、送ろうとしてくれてる? でも侑とは家の方向が違う。 去年だと北さんや他の先輩が方向が一緒だったから、送ってもらったりちょこちょこしていた。 でも、同じ学年にはそこまで近い人がいないから一人で帰るのも致し方ないか、と予想していたのだけど。

「なあ」
「うん?!」
「まだ怒っとる?」
「……何を?」
「北さんのこと」

 侑が少し歩くスピードを緩めた。 少し急ぎ足でついていっていたけど、いつも通りの速さで歩けるくらいになる。 意外と優しいとこ、あるんだな。 口に出すと調子に乗りそうだったから黙っておく。
 侑は少し黙ってから「ごめん」と小さな声で言った。 ぼそっとした、本当に小さな声だったけど、顔は悪戯を叱られた子どものように、なんだか情けない顔をしている。

「……怒ってへん」
「……ほんまに?」
「……なんちゅうか」
「おん」
「…………ごめん。 侑に、ぶっちゃけ、八つ当たりしとった」

 北さんはわたしのことなんか好きにならない。 やめといたほうがいい。 全部自分で分かっていることだった。 侑がそれに気が付いて、わたしの代わりに口に出しただけのこと。 図星をつかれたことが悔しくて、認めたくなくて侑に当たってしまった。 実際そんな悪あがきをしたところで北さんに告白もできずに終わったのだから、侑はやっぱり間違っていなかった。 謝らなければいけないのはわたしなのに、侑に謝らせた。 なんて最低なんだろうか。
 月明りに照らされた侑の顔はよく分からない表情を浮かべている。 「なんでお前が謝るんや」と呟いた声はひどく優しいものだった。

「お、俺やって、その、なんちゅうか……八つ当たり、みたいなもんやったし……」
「何に対する八つ当たりなん、それ」
「いや、察しろや!」
「言葉で言わな分からんやろ」

 侑は「もう嫌やこいつ」とそっぽを向く。 なんだその言い草は。 ちょっとむかっとして侑がそっぽを向いた先に回り込む。 侑は「ちょ、こっち来んなや」とまた反対側にそっぽを向くのでまた回り込む。 それを何度か繰り返したのち、侑が「鬱陶しいねんけど?!」とわたしの顔をガッと両手でつかむ。 むにむにとわたしの頬をこねくり回しつつ「ほんま、めんどくさいやっちゃな」と、なぜだか小さく微笑んだ。

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