「侑」
「……なんや」
「お前、になんかいらんこと言うたやろ」

 治は怪訝そうな顔で俺を見てくる。 なんか知らん。 そう言いつつふいっと視線を逸らすと「ガキんときから拗ね方一緒なん見とってはずいわ」と呆れ声で言われた。

「別になーんも言うてへんし」
「朝に”別もんや分かっとるけど、今その顔正味見たない”って言われたんやけど」

 どういうことや、とそっぽを向かれたまま聞かれる。 どういうことも何も。
 じろりと体育館の中央で三年の先輩たちと話をしているを見る。 淡々と会話をしているのでたぶん事務的な話だろう。 どうでもいいけど。
 に無視されるようになって一週間が経った。 業務連絡に返事はしてくれるし、から声をかけてくれる。 けれど、それ以外はすべて無視。 話しかけても隣にいこうとしても。 全部逃げられている。 そのうちに俺も腹が立ってきて、お互いが無視をしている状態だ。

「喧嘩しようがどうでもええけど、同じ顔っちゅうだけで嫌な顔される身にもなれや」
「知らんわ」
「嫌われても知らんで」

 別に嫌われてもいいし。 黙っていると治はくそでかいため息をわざとらしくついて、俺の隣から離れてたちの輪に混ざっていった。




・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・






、最近元気ないな」
「へっ」

 監督から部費で必要なものを金額以内でなら好きに買っていいと言われ、先輩たちとカタログを見てあれこれ悩んでいた。 そんな中で突然北さんから全然関係のない話を振られて驚いてしまった。 それに大耳さんや赤木さんまで「そういえばそうやなあ」と言うものだからたじろいでしまう。
 北さんが「侑となんかあったんか」と聞いた瞬間、他の人たちが凍り付いたのがよく分かる。 それに触れるんかい、とでも言いたげな表情が並んでいる。 全員それには気付いていたようだけど、どうやら北さん以外は触れてはいけないものとして扱っていたらしい。

「いえ、何も……」
「せやけど最近あんま喋ってへんやろ。 喧嘩か?」
「いや……」
「俺が余計なこと言うたでか? 侑と付き合うとんのかとか」

 それに尾白さんが取り乱した様子で「それお前が聞いたんか?!」と北さんに話しかける。 北さんは真顔のまま「おん」と短く答えると、三年の先輩たちは「あの北が、あの北が人の色恋に」と騒ぎ始める。 北さんはそれにも動じないまま「ごめんな」と申し訳なさそうな顔をした。 それが原因ではないとなんとか説明するが、北さんはそれでもなんとなく罪悪感のある表情のまま「せやったらええんやけど」と呟いた。
 なんとかその場をやり過ごせたようでほっとしてしまう。 先輩たちの意識は北さんと恋愛話というなんともイメージにない取り合わせに向いたようだ。 それを黙って聞いているわたしの隣で、治だけはわたしの顔をじいっと見続けている。

「なに?」
「ごめんな」
「え?」
「侑。 余計なこと言うたんやろ」

 「あいつ意地でも謝らんやろから」と呆れ顔をする。 さすが双子、お互いのことを一番分かっているというやつだろう。 朝に治が挨拶をしてくれたときに、かなり嫌なことを言った自覚があるので謝る。 治は若干眉間にしわを寄せて「結構傷つくで」と言うものだから体が縮こまってしまった。 そりゃそうだ。 直接何も関係がないのに顔を見たくないとか言われたらわたしだったら怒る。 治はそういうのには慣れっこみたいで許してくれた。
 ぽつぽつと治と会話をしているとどこからか視線を感じた。 横目で見てみると、治の後方から侑がじいっとこちらを見ているのを見つける。 わたしが見ていることには気が付いていないみたいだ。 そんなふうにされてもこっちから話しかけてやる気はないし、話しかけられても話す気はない。 侑はちょこちょこ話しかけようとしているみたいだけど、全部わざとらしいから避けるのは簡単だ。 教室でも休み時間は他のクラスにいる友達のところに遊びに行っているし、侑に話しかけられる危険度が高いのは部活だけだ。 この時間を乗り切ればイライラする気持ちも落ち着くはず。 一つため息を漏らす。 治が「なんか伝言あれば言うといたるけど」と言いつつ視線をちらりと侑に向けた。 その瞬間に侑はすぐに視線を逸らしてしまう。 それにもカチンと来たので「草でも食うとけボケって言うといて」と言い残して、マネージャーの仕事に戻った。

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