「なー、オーラルのノート貸してくれへんか」

 昼休みに突然話しかけてきたかと思えば。 ため息をつきつつ「なんでわたしやねん」と軽く睨んでやると、侑は「うーわ、こっわ」とわざとらしく怖がるふりをした。 一緒にお弁当を食べていた友達に「ここ座ってもええ?」と勝手に声をかける。 試合には他校の女子が応援にくるようなやつだ。 クラスメイトとはいえ、今年から同じクラスになった友達は躊躇なく「ええで」と少し嬉しそうに返事をした。 わたしはまったく良くないのに。
 侑はきゃっきゃと軽快なトークでわたしの友達を楽しませたままパンを食べきった。 友達も侑との会話を楽しみながらお弁当を食べ終える。 それを見た侑が「なあ、こいつ借りてもええ?」とわたしを指さした。 友達は少し困惑しつつも「あ、う、うん」と答える。 いや、うんじゃないだろうが。 内心若干そう思いつつも黙っていると、侑がにこっと笑い「おーきに」と言ったかと思えばわたしの左手首を掴んだ。 まだ食べてるんですけど。 「なに」とようやく声を出す。 侑はにこりともせず「行くで」と言う横顔が、少し怖くて。 黙って立ち上がるしかできなかった。
 食べかけのお弁当を一度ランチバッグにしまってから教室を出る。 侑は「ちんたらすんなや」と言いつつ、へらへら笑っている。 さっきの真顔はなんだったの。 わたしの前を歩きつつ上機嫌そうに世間話をしている。 あんた、オーラルのノート借りに来たんじゃなかったの? まだ貸してないけどもういいわけ? よく分からないけど、ついてきてしまったからもう仕方ない。
 侑は準備室や視聴覚室がある階に繋がる階段を上がっていく。 そうしてフロアに上がり切る前に階段に腰を下ろした。

「なんなん、ほんまに。 まだ食べ終わってへんのやけど」
「ここで弁当食うたらええやん」

 仕方なく侑の隣に座る。 侑は膝に頬杖をついて話を続けている。 こんなに見られながら食べるのは正直食べにくいんだけど。 仕方なく残っているお弁当を食べつつ侑の話に相槌を打つ。 くだらない話ばかりだ。 昨日観たテレビの話とかこの前発売された漫画の話とか。 一つも興味ないんだけど。 はいはい、と聞き流していればいいから楽は楽だけれど。 というか、そんな話するなら教室でもよかったじゃん。 よく分からないやつだ。
 お弁当を無事に食べ終えて、弁当箱をランチバッグにまた入れる。 一緒に持ってきたお茶を一口飲みつつ、ようやく疑問を投げかける元気が出てきた。

「そんなどうでもええ話するだけなら教室でもええやろ」
「どうでもええは失礼やろうが」
「いや、どうでもええやろ……わたしそのテレビ観てへんし……もっと役に立つ話せえや……」
「ブッサイクな顔なっとんで、せやからモテへんねや」
「モテへんでええわ」
「嘘吐き」

 びく、と思わず体が固まった。 嘘吐き、って、急にやけに冷たい言葉を投げつけられた。 それに前にも同じこと言われたし、嫌でも引っかかってしまった。 じいっと瞳を覗かれている感じがして怖気づいてしまう。 「な、なに」と視線をそらすと、侑は「の嘘吐き」と繰り返した。

「なんも嘘なんかついてへん」
「昨日よかったな」
「……なんやねん、ころころ話題変えよって」
「北さん」

 手が止まる。 自分の膝の上に落ちた視線はそのままに、体がびくとも動かなくなった。 なぜその名前が急に出てきたのか。 侑は何を考えているのかよく分からなくて苦手だ。 いつも全部分かってる、みたいな顔をして話してくる。 侑に話しかけられると全部見透かされてるみたいな気分になって、気持ち悪いのだ。

「諦めといたほうが自分のためやで。 北さんとか絶対のこと好きにならへんやろ」
「……」
「大体が北さん狙うとかおこがましいにも程があるやろ。 やめとけやめとけ」

 侑は笑いながら「北さんはハードル高いやろ」とわたしの肩をつつく。 わたしが何も反応しないままでいると、侑は「なんか言えや」と若干苛立ちの見える声で呟いた。

top / 5