沈んでいく夕焼けをぼけっと眺めていると、冷たい風が頬にぶつかった。 更衣室にはまだ人が残っていたので鍵はお任せすることにした。 静かにドアを閉めてから一つくしゃみがもれる。 ずいぶん暖かくなってきたとはいえ、まだ春前だ。 風が肌に痛い。 夕焼けから目をそらすように視線を少し下に落とす。
 あと一年か。 そんなふうに頭の中で独り言をもらしてしまう。 何を悲観的になっているのだろうか。 悲観的になれるほど、今が楽観的状況でもあるまいし。 そんなふうに思いつつ制服のスカートを引っ張って風からガードしながら正門に向かって足を進める。
 角名に聞かれたことを思い出してしまう。 なんでバレー部のマネージャーやってんの、か。 苦笑いをこぼしつつゆっくりと顔を上げる。

「遅かったな」
「……き、北さん?」
「もう遅いで近くまで送ってくわ。 方向一緒やろ」

 「行くで」と言って歩き始める。 急いでそのあとをついていくと、北さんはぽつぽつと世間話を始めてくれた。 今日は少し練習が長引いたのと今度の練習試合の準備もあっていつもより帰りが遅くなったのだ。 わたしはいつも別の部活の友達と一緒に帰っているのだけど、今日は時間が合わなかったから先に帰ってもらった。 一人で帰るつもりだったから驚いた。 しかも、まさか、北さんがそれに気付いてくれていたなんて、余計に。

はよう頑張ってくれとんな。 いつもすまんな」
「えっ、いや、別に……」
「ほんまは早よ帰したりたかったんやけど、よう動いてくれるで助かったわ」
「いえ、そんな……」

 ちょっと上司みたい。 そう思ったらおかしくて、少しだけ緊張していた気持ちが和らいだ。 北さんは次の練習試合の日程がどうとか明日の朝練のメニューがどうとか、そういう話をたくさんしてくれる。 いつもより少しだけお喋りなのは気のせいだろうか。 マネージャーであるわたしにとって役立つ情報ばかりで助かるのだけど、それだけ少し気になった。
 北さんの話に相槌を打ちつつ、気になったところは質問してみたり逆に質問されたり。 そんなふうに会話を続けていると、北さんがふと思い出したようにこちらに顔を向けた。

は侑と付き合うとんのか?」
「……はい?」
「仲ええやろ。 今日も部活前に二人でドアんとこ掃除してくれとったし」

 見られてたのか。 内心そう思いつつへらりと苦笑いをこぼす。 「あれは侑がただ手伝ってくれただけで」と返すと、北さんは不思議そうな顔で「そんなキャラやっけ」と言う。 わたしもそう思いました。 そう素直に返すと北さんは少し考えてから「付き合うてないんか?」と首を傾げた。

「ないですね」
「そういうの疎いではじめて気付いたわってちょっとテンション上がったんやけどな」

 北さんってテンション上がるんだ。 それに驚きつつもう一度ちゃんと否定しておく。 どんなに大人びて見えても高校生。 そういう話題でテンションが上がることはあるらしい。
 北さんは彼女とか、いるのだろうか。 好きな人とか。 好きなタイプはどんな人なんだろうか。 侑の話を続けている横顔をちらっと見て聞こうと思ったけど、やめた。 へこむようなことをわざわざ自分で聞かなくてもいい。 そう思い直して侑の話に乗ることにした。

「侑はええやつやし、と合うと思うけどな」
「そっ……そんなことないです」
「そうか? まあそういうのあんまよう分からん俺が言うてもあれやな」

 少し笑った。 北さんは話を部活のことに戻すと、何事もなかったように前を向き直した。 夕焼け色に染まる頬をこっそり盗み見る。 わたしも何事もなかったように、また前を向き直した。
 侑と付き合ってるように見えるのか。 少しへこんでいる自分がいる。 侑と仲が良い、というほどの間柄なのかは分からない。 むしろわたしは苦手だと思っているくらいだ。 侑のほうはどうだか知らないけれど、妙に突っかかって来る割に口を開けば意地の悪いことばかり言う。 よく分からない人だ。 そういうところが苦手なんだけど。 侑だったら治のほうが話しやすいし関わりやすいのに、不思議な話だ。
 北さんの声は、なんていうか、すごく聞きやすい声をしていると思う。 人を落ち着かせるような。 水が流れるような、そんな声。 海が凪いできたときのような、穏やかに流れる川のような。 なんていえばいいのか分からないのだけれど、とにかく、わたしにとっては、好きな、声なのだ。 落ち着くんだけど、心臓がこそばゆい。 それをなんと呼ぶのかは聞いた人の判断に任せることにする。
 ああ、この夕焼けがずっと続けばいいのに。 少しだけ歩くスピードの速い北さんについていきながら、いつか来る終わりから目を背けた。

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