ってなんでバレー部のマネージャーやってんの?」

 侑とドアの掃除を終えたころ、部員たちが続々と体育館へやって来た。 ざわざわと体育館に声が響く。 吐いた息が白くなって漂うのを揺らすように。 賑やかなことで。
 そんなふうに思っていたところを角名に捕まった。 角名は「なんで?」と首を傾げると、指を折って数え始める。

「体育嫌い、バレーのルールほとんど知らなかったし、スポーツやってたわけでもないでしょ」
「そうやけど」
「なんでバレー部のマネージャーになったの?」
「邪魔やでやめえやっちゅうこと?」
「思考が捻くれすぎてかわいくないとこ、直したほうがいいと思う」

 呆れたような声で言われた。 角名に言われたくない。 内心そう言い返しつつ口では「あっそ」とだけ返した。 角名は伸びをしつつ「いや単純に興味?」と首を傾げる。 興味ごときで。 そんな目をしてしまったのか角名は「そんなに言いたくない?」となんだか意外そうな顔をした。

「よっぽどの理由があるわけ?」
「別に」

 伸びをやめた角名はもやもやした顔のまま「じゃあとりあえずいいや」と言い残して他の選手が集まっている輪に入って行った。 その背中を見送っていると自然とその輪の中にいる北さんの横顔が目に入った。 主将になったばかりなのに貫禄がある。 不思議な人だ。 その無表情な横顔を見ていると不思議と気持ちが落ち着く。 そういう能力の持ち主なのかとこっそり疑っている。
 ジャグタンクやタオルの準備はすでに終わっているので、練習メニューを見て諸々の準備をしはじめよう。 そう思いつつ少し体を逸らして背中を伸ばす。 ちょうど顔が天井を向いたとき、ぬっと誰かが顔を出してきた。

「……なんやねん」
「いや、ぶっさいくな顔しとんなあと思ただけ」
「はっ倒すぞほんまに」

 ぺしっとその額を左手で叩いてやる。 侑は「なにすんねん」と拗ねた顔をしながらその手を軽く払った。 体を元に戻して一つ息をつく。 侑はわたしの隣に来てまた顔を覗き込むと「なに見とったん」と、まるで事情聴取をするように聞いてきた。 別に何も見ていない。 強いていうなら角名を目で少し追った。 そうありのまま答える。 侑は「ふ〜〜〜ん」となんとも意味深な返答をしたのち、歩き始める。 たぶん選手たちの輪に入って行くのだろう。 返答には触れないでおこうと思い口を噤んだ。

「嘘吐き」

 ぼそり、と呟かれた言葉に返事をする暇もなく、侑は走って行ってしまった。 嘘吐きって、何が? それに首を傾げつつももう隣に侑はいない。 嘘吐き、なんて理由を聞いても嫌なことしか言われないだろうし、聞こえなかったことにしておくのが吉か。 はあ、と息をついて侑たちに背を向ける。 きっと外周からはじめるだろうからストップウォッチの準備をしておこう。 入口の近くに置いた諸々の備品が入っている袋の中を漁る。 バインダーとストップウォッチ発見。 自分のボールペンを取り出し、記録用ノートの最後のページを切り取ってバインダーに挟む。 一人一人の名前を書いていると、「」と凛とした声で呼ばれた。

「あ、はい」
「準備しとるとこ悪いんやけど、今日は外周最後や」
「分かりました」
「得点板二つ出しといてもうてええか」
「はい」

 北さんだった。 必要事項を伝えたのち「すまんな」と言ってまた選手たちの輪に戻っていく。 バインダーはノートの切れ端を挟んだまましまい、ボールペンは自分の荷物に戻す。 北さんに言われた通り得点板を出すため用具庫へ行く。 体育館の入口のすぐ横の扉を開け、中から比較的きれいな得点板を二つ選んで引っ張り出す。 からからと音を立てつつステージ側に運んでいくと、選手の輪にいる侑がなぜだか近寄ってきた。 ストレッチはどうした。

「試合形式練、一試合目勝ったらコンビニでなんか買うて」
「なんでやねん」

 突然のたかりだった。 呆れつつ得点板を引っ張っていくと、一つを侑が奪っていく。 わたしと一緒に引っ張りつつ「北さんこれどこ〜」となんとも馴れ馴れしく聞く。 というか聞かなくてもいつもの位置におけばいいでしょうが。 北さんはいつも通りに「そことそこ」と指をさすだけで特に怒りはしなかった。
 侑がよく分からない。 今に始まったことではないのだけど。 妙に優しいというか。 ちょっと気味が悪い、とか言ったら失礼だろうか。 何か裏があるのではないかと思ってしまう。 ただどれだけ考えても何を企てているのかは皆目見当もつかない。 分からないものを考えても仕方ないので考えないようにしているけど、気を遣われるたび考えてしまう。 そのたび分からないことを考え続けるストレスから若干イライラしてしまって、つい侑に冷たく当たってしまう自分が嫌になる。



 子どもみたいな顔をして笑う。 侑はぐしゃぐしゃとわたしの頭を撫でてから「埃ついとんで、ダッサ」と言ってからコートに戻っていった。

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