花柄のスカートは結局五軒もお店を見て、悩みに悩んでかわいらしい色のふんわりしたものを買った。佐久早くんが「かわいい」と言ってくれたから。嬉しくて、それにしてしまった。調子に乗っているだろうか。舞い上がってしまっているかもしれない。ちょっと不安だったけど、「これにする」と言ったら佐久早くんが小さく笑って「うん」と言ったから、不安なんて吹き飛んでしまった。
 もう夕方になっている。電車の窓から見える夕焼け。ずいぶん時間をかけて服を見てしまった。佐久早くん、嫌じゃなかったかな。そんなふうに顔色を窺ってしまったけど、佐久早くんがなんだか満足げな顔をしているように見えて。ちょっと、照れてしまう。
 人混みが好きじゃないのに。人の買い物なんて興味ないだろうに。それなのに、佐久早くんがこんなふうに付き合ってくれるのは、もしかして、わたしのことを。そこまで考えて慌てて言葉を飲み込む。恥ずかしいことを考えてしまうところだった。彼女だから、ショッピングデートをしてくれただけのことだ。特別な理由はない。これ以上舞い上がってしまったら本当に恥ずかしい人になってしまう。

「……
「あ、はい!」
「この後、時間ある?」
「ある……けど、もう暗くなっちゃうよ。どこに行くの?」
「明日何限から?」
「えっ、あ、三限目から、だけど……?」

 なんで明日のことを聞いたのだろうか。首を傾げていると、佐久早くんの視線がこちらを捉えた。その黒目に思わず見入ってしまう。きれいだなあ。髪の毛と同じ、夜空に溶けるようなきれいな黒色。黒はこの世に一色しかないと思っていたけど、佐久早くんの持っている黒色は、わたしがこれまでに見てきた黒色とはどこか違う。不思議だ。そんなことを考えていると、佐久早くんが「嫌ならいいけど」と口を開いた。

「うち、泊まってく?」
「……えっ?!」
「嫌ならいい」
「え、あ、い、嫌では、ない、けど……?」
「じゃあ、そういうことで」

 かたん、かたん、と電車が揺れる音。車窓から差し込む夕焼けのオレンジが揺らめいているように見えた。佐久早くんから目を逸らして、買ったものを入れてあるショッピングバックをぎゅっと抱えてしまう。佐久早くんの家に、泊まる、とは。それは、とても、危険なのでは。何かしてしまったらどうしよう。でも、嫌なわけじゃない、し。一緒にいる時間が長いのは嬉しい。でも、本当に、大丈夫かな。

「話したいことがある」

 突然そう言われて、固まってしまう。話したいこと。それって、まさか。でも、泊めてくれるのだから、別れ話、ではない、と思いたい。わたしがあまりにも情けない態度ばかり取るから怒られるのかな。でも、怒ってくれてもいい。別れ話じゃなければ、わたしは何でも大丈夫だ。佐久早くんに「うん」と返してから黙ってしまう。なんだろう。不安、だけど、佐久早くんが今どう思っているとか、そういう話だったら、いいな。
 とか、なんとか思っていたら、ハッとした。突然泊まることになったから何も持っていない。クレンジングもないし諸々の化粧品もないし、着替える服も持っていない。明日着る服は今日買ったものでどうにかなるとして、寝るときは、どうすれば。化粧品類はコンビニに行けば揃えられるだろうけれど、服はさすがに、そんなふうにぐるぐる考えていると「帰る前にコンビニ寄る?」と佐久早くんが聞いてくれた。有難い。たぶん自分からはなかなか言い出せなかった。感謝しながら「うん」と答えた。
 電車が停まった。あと二駅で降りる駅だ。ぼんやり窓の外を見つめていると、佐久早くんの指がちょんと右手に触れた。びっくりして思わず肩が震えてしまう。佐久早くんの顔を見上げると、じっとこっちを見ている佐久早くんと目が合った。でも言葉はない。ただただ見つめてくるだけ。どうすればいいか分からなくて固まっていると、佐久早くんの手がわたしの手をそっと掴んだ。
 佐久早くんは、何を考えているんだろう。いつも。この瞬間も。昨日の夜も、今日の朝も、これからも。何を考えているのか目に見えればいいのに。それなら嫌なこととかされたくないこととか全部分かるのに。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 佐久早くんの家のお風呂に入ってしまった。なんだかとんでもない罪悪感に襲われながら恐る恐るドアを開ける。今日着ていた服のままでいようと思っていたら、佐久早くんが気を遣ってくれて服まで貸してくれた。余計に罪悪感。ぶかぶかの佐久早くんの服を引きずってしまわないように気を付けながら、そうっと部屋に戻った。スマホを見ていた佐久早くんが顔を上げると「思ったよりでかかったな」と呟く。引きずられる、と思ったのかな。慌てて「あ、でも、引きずってないよ」と言っておく。
 本当は、服を貸してくれて嬉しい。佐久早くんの匂いがするし、佐久早くんはこんなに大きいんだなって分かるから。それに、彼氏の服を借りる、って、ちょっと彼女っぽい、というか。ぎゅうっと心臓がくすぐったく痛むように嬉しい。佐久早くんは嬉しいわけがないから喜んじゃいけないのだけれど。
 でも、本当の本当は、佐久早くんと一緒にいられる時間が長くて、それだけで嬉しい。何もしてくれなくていいし、何もなくていい。それだけで嬉しい。言ったら気味悪がられそうだから言わないけど、いつもそうだ。連絡を取るだけで、会うだけで、名前を呼んでくれるだけで。それだけで嬉しいから、他はなんだっていいのだ。
 佐久早くんがお風呂に入る、と言って立ち上がる。そのあとでわたしの前にコップを置いた。いい匂い。「勝手に淹れた」と言って歩いて行ってしまう。カフェラテ。用意してくれていたのだ。慌ててお礼を言うと、少しだけ振り返って小さく笑ってくれた。
 それを一口飲んでから、はっとした。言われるがままに先にお風呂を借りてしまったけど、もしかして、後のほうがよかったのではないだろうか。佐久早くんは濡れた床とか濡れたものとかがあまり好きじゃなかったはず。しかも人が入ったあとのお風呂って、大丈夫なのだろうか。テーブルにコップを置いてぐるぐる考えてしまう。でも、今更どうにもできない。出たあとに掃除をすればよかったのかな。でも、勝手に掃除をするのも違う気がする。やっぱり先に入ってもらうほうが……いや、それだと出たあとに汚いまま放置されることになるから余計にだめ、か。どうすればよかったのだろう。
 怖い。わたしの選択が佐久早くんが嫌だと思うことなんじゃないかって思えて。何を選んでも、どう考えても、やっぱりわたしは佐久早くんのすべては分からない。それがとても、怖くてたまらない。


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