いわゆるクリスマスディナーと呼ばれるであろう立派な料理に、フォークとナイフの使い方を忘れそうになっている。いや、やっぱりやりすぎ。目の前にいる角名を軽く睨んだら、角名はいつも通りの表情で「これどう食べるんですかね?」とフォークでエビをつんつん触った。

「バレーボール選手ってこんな稼ぐん……?」
「いやいや。まさか。こんなのはじめてですよ。一回連れてきてみたかったんですよね、好きな子をこういうディナーに」
「……元カノさん、連れてったらよかったやん」
「ああ、言われてみればそうですね」

 けろっとした顔で言うな、無自覚人たらしが。よく分からない切り方をされているエビを頬張ってから角名が「嫌でした?」と首を傾げる。嫌とは、言っていません。名前が分からない野菜を何かよく分からないソースにつけて食べる。味はよく分からないけどおいしいことにはおいしい。料理に詳しくない人間を連れてきても張り合いがないだろうに。そう思ったけど、わたしより角名のほうがよく分かっていなさそうだ。なんだか一人で悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。
 料理をすべてきれいに食べ終わり、準備と片付けをしてくれたホテリエの人たちを見送った。伸びをした角名が「よかったらお風呂先にどうぞ」と部屋の奥を指差した。あの先がバスルームらしい。ここに来てからずっと変な汗をかいているし、お風呂には入りたい。それに、どんなバスルームかすごく興味がある。ここまできたらずっと萎縮しているのももったいないから素直に楽しもうと努力しているところだ。
 先を譲ってくれた角名にお礼を言ってから、そそくさとバスルームへ向かう。ドアノブを握って思い出す。まさかホテルに来るなんて思わなかったから着替えが何もない。ホテルだからルームウェアはあると思うけど、さすがに下着まではないだろう。今からコンビニに行くか? そう悩みつつ一旦ドアを開けてみる。ドアを開けただけで照明がついたパウダールームにちょっとびっくりしてから恐る恐るさらに奥へ行き、バスルームに続くドアを開けてみる。大理石調の壁と、同じ大理石調の円形ジャグジーバス。視界を妨げないためなのか埋め込み式にされている。すぐ目の前はダイニングルームのほうへも続いているテラス。夜景を一望できるようになっているのだろう。ジャグジーバスの近くにはなぜだか一人掛けのソファが置かれている。やけに広いバスルームは高級ホテル、ということが分かりやすい作りになっていた。またしても怖気付いてしまう。
 なぜだか忍び足でパウダールームに戻る。やっぱやりすぎ。今日何回これ言うんだろう。慣れない高級感にいまだうるさい心臓を押さえつつ、アメニティがまとめて置いてあるテーブルを見てみる。必要なものは大体揃っている。助かる。内心そう呟いてから、今度はルームウェアが入っていると思われる引き出しを開けてみた。思った通り真っ白なルームウェアを発見したけど、広げてみるとバスローブだった。仕方ない。これしかないんだからこれを着るしかない。
 さすがに今からコンビニに行くのはどうかと思うし、もう、諦めるしかない。幸いにも小型の洗濯機が置かれているし、とりあえず洗濯しておくしかない。一晩は何もなしで乗り切ろう。そんなふうに考えていると、引き出しの奥にまだ何かが入っているのを見つけた。角名の分のバスローブかと思ったけど、引き出しはもう一つある。たぶん一人分のものしかここには入っていないはずだ。なんだろう。半分くらいしか開けていなかった引き出しを引っ張る。すると、一番奥にかわいらしい袋があった。
 これは、まさか。角名からのクリスマスプレゼントだろうか。でもなんでここに隠した? もっと手の込んだことをしてくるか、直接手渡ししてきそうなのに。ここに隠した理由が分からない。意味がないことはしないタイプだろうし、気になる。
 少し考えたけど理由がとんと思いつかない。かわいい袋だけを持って、ダイニングルームに続くドアをそっと開けた。

「角名」
「ん? 何かありました?」
「これ、もらってええやつ? 角名が置いたんやろ?」
「ああ、見つけたんですね。どうぞ。必要かと思ったので」
「……うん? ありがとう?」

 なんかえらく軽かったな。それに必要かと思った、とは。よく分からない。首を傾げつつまたパウダールームへ戻る。必要かと思ったクリスマスプレゼントとは一体。お風呂に入る前に気になって仕方ないからとりあえず開けてみることにする。かわいい紙袋の中に、かわいい包装紙に入れられたプレゼント。どこのお店だろうか。角名って女の子にどんなものをプレゼントするんだろう。アクセサリーとか? ハンドクリームとかヘアオイルとかそういう感じかな? 勝手なイメージで予想しつつシールを剥がして、包装紙を開けていく。
 広げた包装紙の中にちょこんと入っていたのは、まさかの下着だった。ブラとショーツがセットになっているかわいいやつ。思わず目を細める。いや。角名倫太郎。お前って男は。半笑いでパウダールームを出てダイニングルームに戻った。スマホを見ていた角名が顔を上げて「あれ、どうしたんですか」と不思議そうにしている。

「角名倫太郎くん。ちょっとお話ししよか」
「なんですか。怖いんですけど」
「あれ何?」
「あれってどれのことですか」
「さっきの! プレゼントは! どういうつもりやねん!」
「ああ。だってさん、まさかホテルだと思ってなかったでしょ? 着替えはホテルの備品でいいにしても、下着がなくて困るかと思ったので」
「それはどうもありがとうございます!」

 気が利くんだか何なんだかよく分からん! そう喚くわたしに角名は「なんですか、どうしたんですか」とひたすら首を傾げていた。
 まあ、とりあえず。確かに下着をどうしようかは悩んでいたところだった。いただけるのなら有難い。彼氏が彼女に下着をプレゼントするってよくあることなのか? 少なくともわたしの周りでは聞いたことがない。またしても角名のことがよく分からなくなってしまった。
 今更角名のことを考えても無駄だ。そう諦めてまた戻ろうとして、あ、と思った。サイズ。ショーツはともかくブラはサイズというものがあるんですけど、角名倫太郎くん。まあ、もう返品交換は不可だし角名に言っても仕方がない。ここは黙っておいてあげることにした。
 角名からのプレゼントを見下ろして、目を細めてしまう。なんだこのかわいい下着は。こんなの自分で買ったことないんですけど。というか角名、これ一人で買いに行ったの? 勇気あるな、ちょっとかっこいいわ。半笑いでいただいたブラをひらりと手に取る。わたしみたいな女に夢見る角名倫太郎くんが思う彼女のカップ数とはどれくらいなものなんだろうか。どうせ無条件で胸が大きいと思っているに違いない。残念ながら普通だ。普通で悪かったな。やけくそでそんなことを思いつつタグを確認して、目が点になった。わたしがいつも買うサイズ、どんぴしゃだったのだ。
 怖くなってきた。角名、本当に何者? 怖々ブラを元の位置に置いてから、お風呂を溜めに行こうとしたとき。ダイニングルームから角名が呼びかけてきた。

さん、もう一つの引き出しのほうにも入ってるんで好きなほうつけてください」
「は?」
「サイズはこの前お邪魔したとき、洗面所に隠してあったものに合わせたんで」
「は?!」

 すたすたと角名がドアの前から歩いて行った足音。それが聞こえなくなってから、もう一つの引き出しを開ける。先ほどと違う色の紙袋が入っていた。無心で開けると、先ほどとデザインも色も全然違うブラとショーツのセットが入っていた。


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