ガヤガヤとうるさい改札前。土曜日の夜ということもあって楽しげな人ばかりだ。友達同士で歩いている人はもちろん、恋人同士で歩いている人もたくさんいる。それをちらりと見てからすぐスマホに視線を戻した。
 角名との約束の時間まであと二十分ある。近くで買い物をしてから来ようと思って早めに家を出たのだけど、目当ての店が臨時休業だったから当てが外れてしまった。ひとまず違うお店を見てから来たのに、それでも結局早く来すぎてしまった。
 角名はあと五分後に到着する電車に乗ってくると聞いている。とりあえずもういることとどの辺りにいるかだけ連絡をしておいたら「もういるんですか。待たせてすみません」と返信があった。角名は何も悪くないのになんで謝るのか。そうツッコミを入れておいたら「女の子を待たせていることに変わりはないので」と返ってきた。女の子って。言うてわたしなんですけども。ちょっと照れ笑いをこぼしてしまった。
 高校生のときからこういうところあったよな、角名。妙に紳士的というか、女の子扱いしてくるというか。そういうタイプに最初は見えなかったのに。人は見かけによらないな、と認識を改めたのは良い思い出だ。
 そうね。人は見かけによらない。嫌というほど思い知らされましたよ。忌々しい。むかついてきたな。ぎゅっとスマホを握りしめてため息をこぼす。
 人間の記憶力というのは厄介で、楽しかったことより嫌だったことのほうが色濃く残ってしまう。相手を嫌いだと思ったらすべてが嫌いになる。全部が悪く作用してヤツのことがこびりついて取れないシミのようになってしまった。何かと存在を思い出してしまう。思い出したくないと思えば思うほどに脳内に浮かんでくる。パソコンみたいに捨てたいフォルダを選択して一括削除できればいいのに。しんどいな、人間って。
 ぼうっとしていたとき、ふわりと首に何かがかけられた。びっくりして顔を上げると、いつの間にか角名が目の前にいて「お久しぶりです。ところでなんでそんな薄着なんですか」と笑っていた。首にかけられたマフラーは角名がかけてくれたものらしい。ほんのり人の体温を感じる。

「久しぶり。そんな薄着ちゃうやろ? どうせお店入ったら脱ぐしこんくらいでええかなって」
「俺、お店までちょっと歩くって言いましたよね。風邪引いたらどうするんですか」

 ぐるぐるとわたしの首にマフラーを巻きつけて、きゅっと軽く結んでくれた。あったかい、けど、角名は大丈夫なんだろうか。薄着と言われたけどちゃんとコートを着ているし、お店までの道のりくらい我慢できるのに。でも、返したらたぶん何か言われるんだろう。そう思って黙って借りておくことにした。
 それにしても一体どういう風の吹きまわしなのだろう。わたしと二人で食事だなんて。話には困らないし特に気まずいなんてこともない。でも、高校時代も特別仲が良かったということもなかったし、二人で遊びに行ったこともない。嫌じゃないけど困惑。ずっとそんな感じでいる。
 二人で駅の外へ出ると、わたしの左側を歩いていた角名がいつの間にか右側に移動していた。バッグを左側に持っていたからだろうか。そうぼんやり思っていると、ビュッと勢いよく自転車が角名の向こう側を通過。歩道なのに、危ないな。若干舌打ちをこぼしそうになって気が付いた。角名が歩いているほうは車道側なのだ。先ほどの自転車はイレギュラーにしても何かあったら困る。角名、バレーボール選手だし。そう思って角名の右側に回り込もうとしたら「え、なんですか?」と不思議そうにしつつも遮られてしまった。

「そっち側やとさっきの自転車みたいなんもおるかもしれへんやろ? スポーツ選手に怪我されたら困るで場所変わって」
「いや、十分歩いたくらいで怪我しませんよ」
「もしもっちゅうことがあるやろ。先輩の言うことは絶対やで」
「パワハラじゃないですか」

 角名はけらけら笑いつつ、わたしの両肩をやんわり掴んで引っ張る。自分の左側にわたしを移動させたら右腕を掴んで「そんなこと気にするの、さんだけですよ」とまた笑った。

「えーそうなんかな……お願いやで急に車道に出たりせんといてな?」
「俺のこといくつだと思ってます?」
「七歳児くらい」
「七歳のときの俺を知らないじゃないですか。結構おとなしい子どもだったんですけど」

 あ、その話はちょっと気になる。そんな反応をしたわたしに角名は「七歳のさんの情報と引き換えなら」と言った。完全に面白がっている。相変わらずノリがいいタイプで結構。仕方なく七歳くらいのときの思い出話をしておく。なんてことはない思い出だ。お菓子を食べちゃだめだと言われたのに食べてしまって怒られたことや、まだサンタさんの存在を信じていたこと。どこにでもいる普通の子どもだった、と前を向いて話した。
 注文通り話したので今度は角名の番です。そう肘で角名の腕をつつくと「俺もそんなに変な子どもではなかったですよ」と前置きをした。角名はおとなしい子どもという表現そのままの子どもだったそうで、友達と外で遊ぶよりは家でゲームをしたりテレビを見たりして過ごしていたそうだ。誘われれば行くけど、と付け足して「好奇心を向ける範囲が狭かったですかね」と考えつつ呟いた。一気にはたくさんのことに興味を持たなかった、ということらしい。

「基本的に周りに興味がなかったですね」
「へーそうなんや。ちゅうことは、角名がバレーに興味を持って好きになって、地元離れてまで稲荷崎でやろって思ってバレー部入ったんはほんまにすごいことなんやね」
「あー、確かにそうですね」
「わたしが角名と出会えたんも奇跡なんやな。すごない?」

 角名の顔を見上げる。こっちを見ていた角名と目が合うと、数秒角名が黙った。それからすぐに「確かに奇跡ですね」と笑って、視線を外して前を向く。わたしも前を向き直してから「他に好きなもんは?」と追加で聞いてみる。角名は指折り数えながら好きなバンドや好きな場所、好きな食べ物を並べていく。意外とあるじゃん、好きなもの。ちょっと安心した。角名の背中をゆるく叩く。
 そんな話をしている間にお店に到着。角名が決めてくれたお店は結構きちんとしたレストランで、ずらりと並んでいる列があった。並ぶしかないね、と苦笑いをこぼすわたしを余所に、角名が当たり前のようにお店の扉を開ける。中にいた店員さんに声をかけると「ご予約の方ですか?」と問いかけられていた。もしかして。ちょっとびっくりしているわたしを置き去りに角名が「予約した角名です」と答えていた。

「予約してあるとか……できる男やな……」
「でしょ」

 得意げに笑う角名と一緒に店内へ入り、店員さんの案内で窓際の席へ通された。ご予約席と書いてあるプレートが置いてある。わざわざ窓際を指定したのだろうか。なんだこのスマートな誘導。まるでデートみたいだ。そう思った瞬間、鼻で笑ってしまった。
 アイツも、よくこんなふうにレストランを予約してくれてたっけ。わたしはおしゃれなところでご飯を食べたいタイプじゃないからチェーン店でも大丈夫、と言って予約するようなお店はやめてもらったんだよね。それでも特別な日は必ずレストランを予約してくれていた。それがとても、嬉しかった、と記憶している。
 メニューに視線を落とす。どれもこれもおいしそう。おしゃれな店内にそこそこいいお値段の料理。こういうところはデートで来るべきなのでは。角名ってこういうところが好きなのか。なんか意外……いやそうでもないか。SNSをやっているらしいしこういうところで写真を撮るのが好きなのかもしれない。まったく文句はないのだけれど。

「先に言っておくと」
「うん?」
「デザートはもう頼んであるので選ばないでください」
「え、そうなん?」
「いらなかったら俺が食べるんで」
「いやいや食べる食べる。ありがとう」

 いや、デートかよ。軽くツッコミを入れつつ角名の靴をちょっとだけ蹴る。角名は笑うだけで肯定も否定もしなかった。


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