さんやないですか。来てくれたんすか」
「かわいい後輩のお店に来おへん先輩はおらへんで。むしろ来るん遅なってごめんな」
「いやいや全然。あざっす」

 自分のお店をオープンさせた高校時代の後輩、宮治は昔より少し大きくなった体でお辞儀をして笑った。大人になったなあ、治。高校時代は問題児扱いされていたのが懐かしい。そう呟きながらカウンター席に腰を下ろす。「いつの話ですが」と治か照れくさそうに笑う。その感じがすでに大人になったって感じだ。こっそり後輩の成長を感じながらおしぼりで手を拭きつつ、メニューを覗き込んだ。
 立派になったなあ。そうしみじみ呟くと治が「いやいやそない変わってませんて」と照れくさそうに言った。先輩の立場からすればものすごく変わっているんです。笑いつつ注文を言えば「どうもです」と言いつつ厨房へ消えた。
 男子バレー部のマネージャーをした三年間を自然と思い出す。あんなことやこんなことがあったな。あれはしんどかったけどこれは嬉しかったな。頭の中のアルバムをめくって一人で笑う。まさに青春だったな、なんて。
 程なくしてわたしが注文したものが出てきた。治が「おまけです」と言ってサイドメニューだというお味噌汁をつけてくれた。遠慮しても「ええんで食べてください」と言ってくれたので有難くいただくことにした。
 おいしいおにぎりとお味噌汁と頬張りつつお店のことを聞いてみた。今日は治一人しかいないけれど、二人採用した人が来てくれているそうだ。忙しいお昼時や土日祝だけ出てもらっているらしい。一人は主婦をしているパートさん、一人はアルバイトの女子大生というものだから「ほ〜?」と食いついてしまう。

「かわいい子なん?」
「いやそういう目でまったく見てへんので勘弁してください」
「高校んときモテモテやったやん。彼女おらへんの?」
「今は店で手一杯なんで。ちゅうか、それを言うならさんやないんです? 結婚報告まだもろうてへんのですけど」

 あ、まずった。高校時代からわたしに彼氏がいたことはバレー部の全員が知っている。相手が誰なのかも知られてしまっているし、何なら一度バレー部の飲み会にヤツが迎えに来てくれたこともあった。そりゃ覚えてますよね。そんなふうに苦笑いをこぼしてしまう。
 事実を隠す必要などない。正直に別れたことを話した。治が「はえ?!」と萌え漫画のキャラクターみたいに驚くものだから大笑いしてしまう。ま、びっくりするよね。長く付き合っていたし去年の飲み会ではそろそろ結婚かもしれないなんて話していたから。
 適当にぼやかしつつ話したわたしに治が「え、それほんまです?」と確認を入れてくる。こんな悲しい嘘つかないでしょ。そうツッコんだ瞬間にはたと固まってしまう。いや、悲しい嘘って何。それを言うなら腹立たしい嘘でしょ。悲しくなんかないに決まってんじゃん。自分の中だけで訂正を入れておいた。

「あ〜……どんまいです」
「励まし方下手か」

 けらけら笑うわたしとは対照的に、治はひどく気まずそうな顔をした。そりゃそうですよね。長年付き合った男に捨てられた女、みたいに映るもんね。なんかごめんね。軽く治の腕を叩いて謝っておく。わたしはこれっぽっちも気にしていませんよ、という気持ちを込めて。
 その話は避けて別の話題を振った。治も恋愛の話を避けて話を選んでくれているようで、それからは会話に躓くことなく楽しい思い出話に花が咲いた。後輩に気を遣わせるような先輩は先輩失格だ。ちょっとほっとしてしまった。
 気付けばおにぎりはぺろりと完食。お味噌汁もしっかり飲み干した。とてもおいしかったです。そう素直に感想を伝えると「せやったらぜひ常連さんになってください」と治が言った。もちろんなりますとも。また来ます。そう笑って、その日はお店を後にした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 治のお店にはじめて行った翌日。寝起きのままスマホの画面を見つめて呆けている。これは、珍しい相手から連絡が来たな。ぼんやりそう思いつつ鳴り続けるスマホの画面をタップ。電話なんかはじめてじゃないだろうか。そもそもバレー部の人と電話なんてめったにない。何の用だろう。不思議に思いつつ、スマホを耳に当てた。

「はいですけども。角名から電話とかはじめてちゃう?」
『お久しぶりです。寝起きです? 声がふわふわしてません?』
「めちゃくちゃ寝起き。着信で起きたわ」
『えーなんかすみません』

 くすくすと笑う角名の声は、電話越しにも少しくすぐったいものだった。高校時代から、こう、妙に声が甘ったるいと思ってはいたけれど電話越しでもそうなんだな。呟くようにそう思ってから、笑ってしまう。いや、後輩相手に甘ったるい声ってなんだよ。自分にツッコミを入れておく。
 角名は今はバレーボール選手として活躍中で、もうすでに兵庫にはいない。バレー部の飲み会にもなかなか参加できておらず、わたしが最後に会ったのは確か三年前の忘年会。同じくバレーボール選手として活躍している後輩の宮侑より居住地が遠いこともあり、わたしの中ではレアキャラ的扱いになっている。
 そんな角名がわたしに一体何の用なのか。シンプルに「何かあった?」とだけ聞いてみると、角名が「何かあったわけではないんですけど」と言った。

さんって土日休みでしたっけ?』
「そうやけど?」
『じゃあ来週土曜日の六時って空いてます?』
「夕方やんな? 空いとるけど?」

 よく分からないまま話が進み、なぜか角名と二人で夕飯を食べることになった。まあ、角名とは全然会えてないし嬉しいけど、なんで二人? せっかくだから他の人も、と言おうとするたびなんとなく遮られる。何か相談事でもあるのだろうか。あんまりしつこく言うと可哀想だったし、別に角名と二人が嫌なわけじゃない。とりあえず角名の言う通りにしておくことにした。
 お店は角名が決めてくれると言うので任せておくことにした。また近くなったら連絡をくれるとのことだ。よく分からない状況だけど、とりあえず楽しみだな。そう思いつついくつか思い出話をしてから電話を切った。


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