さんってみんなに平等すぎて、なんか仲良くなれた気がしないんだよね。
 がばっと顔を上げる。 うたたねしてた。 わたしがちょっと寝ていた間に授業はちゃんと進んでいて、急いでノートを取る。 ノートを、取りながら、ぐっと唇を噛む。
 小学生のときにちょっとした諍いから友達同士が仲が悪くなり、それをなんとかしたくて中立のポジションに入った。 そんなふうに人と関わっているうちに、こっちの子に肩入れしたらあっちの子は仲良くしてくれなくなるんだ、偏ったら離れて行っちゃうんだってことを知った。 だからうまく平等に、みんなと同じだけ仲良くしなくちゃ。 こっちの子に話しかけたら次はあっちの子。 また戻って、また調整して。 それが癖になってしまった。 だって人に嫌われたくないから。
 そんなふうにしていた中学生のある日、言われた言葉。 「さんってみんなと仲が良いのか仲が良くないのか分かんないよね」。 衝撃だった。 だってわたし、仲良くなりたくてそうしていたのに。 どうしてそんなふうに思われるの? 分からなかった。 だってみんな、そうやっていたら喜んでくれたじゃん。 たくさん話してくれたし、たくさん笑ってくれた。 何がだめだったの?
 授業がいつの間にか終わっていて、隣の席の子にノートを写させてもらった。 お礼に、と持っていたお菓子を渡したら笑ってくれた。 よかった。 ほっとする。 嫌なこと思い出しちゃったなあ。









さんて、誰と仲ええんかよう分からんよな」

 ふと、聞こえてきた。 三人組の女子グループだ。 新学期になってはじめて仲良くなった子たち。 今でもお昼ごはんをいっしょに食べたり、いっしょの班で授業を受けたりしている。 三人で食堂に行くみたいだったからついて行こうかな、と考えつつお手洗いから戻って来たところだった。 聞こえてしまったそれに、思わず足が教室とは反対側へ向いていく。 まただ。 また何か間違えちゃったんだ。 お昼、どうしようかな。 考えつつ足は中庭へ向かっていた。 あそこ、いつも誰もいないから落ち着くんだよね。
 うつ向いたまま中庭へ続く扉を開けると、「ん」と聞き慣れた声がした。 驚いて前を向くと、いつも誰もいないはずの中庭に男子が数人座ってお弁当を食べている。 固まっているわたしに声をかけてくれたのは北くんだった。

、どないしてん」
「え、あ、ご、ごめん! いつも誰もいないから、今日もいないかな〜と思って!」
「いや、別に俺らの場所ちゃうで謝らんでええやろ」

 バレー部の人、かな? たぶん体育館で見た人だと思う。 そうっと視線を向けたところで確信した。 あの二年生の、えーっと、名前忘れちゃったけど、双子だってことは覚えてる。 その二人がいるからバレー部でお昼を食べていたのだろう。 あちゃあ、邪魔しちゃったなあ。 失態を反省しつつ「邪魔してごめんね」と苦笑いを浮かべつつ戻ろうとした。

「なんや嫌なことでもあったんか」
「……え、なんで?」
「泣いとるやん」
「…………ど、どこが?」
「いや、どう見ても泣いとったやろ」

 いや、どう見ても泣いてないんですけど。 びっくりして目をこするけど濡れてなんかない。 それなのに北くんは「またなんか押し付けられたんとちゃうんか」と首を傾げる。 押し付けられた? あ、もしかして前の日直のこと言ってるのかな? あれは用事があるから代わっただけって言ったのに。

「今日なんか元気なかったやろ。 体調悪いいうよりは、なんや、落ち込んどるっちゅう感じで」

 別に落ち込んでないですけど。 ちょっとむっとする。 なんで言い切るの。 別にわたしのこと、なんとも思っていないくせに。 心にもない言葉が頭にぽんぽん浮かぶ。 わたしは北くんのことをずっと考えているけど、北くんはそうじゃないくせに。 ずっと見ているわけでもないのになんで分かっているように言うんだろう。
 そう考えて、はっとした。 わたし、考えてるだけじゃなくて、ずっと北くんのこと、見てたんだ。 なんでだろう。 こわい、北くんこわい。 心臓がむずむずするの絶対北くんのせいだよ。 なんでか分からないからこわい。 北くんこわい。

「みかん食うか」

 ぽいっとみかんが飛んでくる。 なんとか落とさず受け取ると、小ぶりのきれいなみかんがすっぽり手に収まっていた。 男子高校生がお昼のおやつにみかん、って。 若者感ゼロすぎでしょ。 なんとなくツボに入って、抑えようとしても笑いがこぼれた。 北くんは不思議そうに「俺なんかおもろいこと言うたんか」とバレー部の人に聞いている。

「なんやよう分からんけど、笑うてくれてよかったわ。 いっつもそうやって笑ったらええのに」

 そんなふうに言われるものだから、わたしって普段ちゃんと笑えていないのだろうかとまた心配になる。 恐る恐る北くんに「そんなにわたし、顔引きつってる?」と聞いてみた。 よくわたしの顔を引きつってるっていうから、ずっと気になってはいたんだ。 笑うのは得意のつもりだったのに。

「笑っとるけど楽しそうやないなって感じ」
「……た、たのしい、よ?」
「いっしょにバレーしたときは楽しそうにしとったで、ほっとしたけどな」

 穏やかに笑われる。 もらったみかんをきゅっと握って、なんだかうるさい心臓を落ち着かせる。 北くんは一口お茶を飲んで「まあ本人が楽しい言うんならええけど」と付け加えた。

「ふつうに笑っとるほうがええと思うけどな」
「いつもふつうに笑ってるよ……というか、ええ、とは?」
「なんちゅうか、かわいいとかそういう感じや」
「かっ……」

 かわいいって言った、あの人! 照れることなく男子高校生が女子高校生にかわいいって言えるなんて、驚きでしかないよ! わたしが驚愕するのと同じようにバレー部の人たちも驚いている。 北くんだけがきょとんとして、色黒の人に「変なこと言うたか?」と確認していた。
 こわい、こわすぎるよ、北くん。 たった一言で体中熱くなってしまったよ、北くん。 本当に何の能力持ちなの? 北くんの言葉でこんなに心臓がうるさくなったり体が熱くなったりしたら敵わないよ。 同じクラスなんだから毎日会うのに。 こんなふうに調子を狂わせられたら困っちゃうよ。 北くんこわい。 やっぱりこわい。

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