うまく話せなくてなんだかもやもやする。 何を言ってもうまくいかない気がして怖くなる。 みんなと仲良くしたいけど、みんなはそうじゃないのかもしれない。 そんなふうに考えだしたら今までどうやって人と話していたか分からなくなってきた。 わたしはみんなと仲良くしているつもりだった。 でも、みんなはそうじゃなかった。 それがどんなに衝撃的なことかなんて、体験したことのある人にしか分からない。 ため息。


「うわあ!」
「……すまん、そんな驚くと思わへんかったわ」

 放課後、まっすぐ家に帰る気分じゃなくて中庭でぼけっとしていた。 部活動に勤しむ生徒たちの声や自然の音を聞きながら黙り込んでいると、ゆっくりいろいろ考えられていいんだ。 いつも答えは出ないけれど。 そんなところへ突然北くんが現れたものだから、さっきまでの静けさは消え去ってしまう。 心臓がうるさいし、顔は熱くなるし。 あわあわしてしまっているわたしを見て北くんは「帰らへんのか」と不思議そうな顔をした。

「……ちょっと、考え事。 北くんは? 部活じゃないの?」
「今日はオフや。 図書室寄って帰ろう思うとったとこ」

 廊下の窓からわたしを見下ろすようにして北くんが顔を出す。 じいっとわたしを見つめてから「泣いとんのかと思った」と言うものだからむっとする。 この前も泣いてなかったから! 言い返そうにもなんだか圧があって言い返せない。 本当に涙なんか出ていなかったのに。

「一人にしたほうがええ?」
「えっ、あっ、そ、そんなことない!」
「それならええけど」

 ひゅうっと生ぬるい風が吹いた。 草がかさかさと揺れる音。 落ち着く。 いつもは人がいると落ち着かないけど、北くんは物静かだからなのかいても落ち着くなあ。

て、人付き合い苦手やろ」

 前言撤回、落ち着かない! 北くんってちょいちょい失礼だよね! ちょっとむっとして「なんで?」と短く返事をする。 北くんはまったく気にする様子はなく、当然のように「見とったら分かる」と言った。 そんなのはじめて言われたよ。 北くんしかそんなふうに言わなかったよ、今まで。
 そうだよ、そのとおりだよ。 人付き合いは苦手。 人が何を考えているのか分からないと話すのが怖くなる。 こう言ったら喜ぶかな、こう言ったらいいかな。 そう考えて、みんな会話をしないの? だって怖いでしょう。 変だって思われたり、おかしいって思われたり、鬱陶しいって思われたりするの。 仲良くしてほしいよ。 喧嘩なんかしてほしくなかったんだ。 どうしたら仲直りしてくれるかなって、ずっと考えてたんだ。

「はじめて話したとき、しんどそうな顔しとったでしばらく様子見とってん」
「……え」
「そうしたらなんや、自分から人に話しかけるくせにしんどうそうにしとるし、作り笑いしとるしでお節介してもうた」
「作り笑いなんかしてない……」
「そうなんかもしれへんけど、気にせず喋っとるときのほうがええ顔しとったで」

 誰も今まで気付かなかった。 わたしが人に話しかけることが苦手だとも、盛り上げなきゃって無理やり笑っていることも。 それなのに北くん、なんで分かったんだろう。 心臓うるさいし、顔も熱いし、ぎゅうって締め付けられるみたいな感覚。 ああ、本当に。

「……北くんこわい」
「は?」
「北くん、ずばずばいろいろ言い当てるし、こわい……」
「すまんな。 気になったら言うてしまう質なんや」
「なんかずっと北くんが気になって、北くんのことばっかり考えちゃうし、どきどきするし熱いし」
「……」
「北くんこわい」

 勇気を出して言ってみた。 北くんなんて言うかな。 さすがのわたしももう意味は分かっている。 北くんのこと、こわいんじゃない。 好きになっちゃったんだと思う。 気になって気になって仕方ないし、ちょっと話すだけで心臓がぎゅってなるし、顔を見られたらなんかうれしいし。 たぶんこれが恋なんだ。 フラれるかな。 面倒な子は嫌いだって言うかもしれない。 もっと話の合う子がいいって言うかもしれない。 けど、黙っているのもなんだかしんどくて、いつもなら人の顔色を窺って言うか言わないか決める癖に、何も考えずに言ってしまった。 恐る恐る北くんの瞳を見つめると、北くんはきょとんとした顔をしていた。

「変な病気なんちゃうか、保健室行くか?」

 ………………北くん、こわい!!

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