クラスの運動部女子のグループに潜入したら、女子バレー部の子が二人いることを知った。
気になってバレーのルールとかいろいろつい聞きすぎてしまって、二人から「さんバレー興味あるの?」と質問された。
え、と固まってしまう。
興味、ある、けど。
バレーに興味があるというか、なんというか。
なんて答えたらいいのか分からなくて「ちょ、ちょっとだけ!」と笑ってごまかした。
いつものわたしなら自分からがんがん質問したり、偏ったことを聞いたりしない。
だって、平等に均等に、みんなに声をかけないとみんなと仲良くできないから。
いつもはこの子に話しかけたら次はこの子、その次はこの子、って順番を決めていた。
でもバレーの話を聞き始めたら夢中になってしまって、ついそれを忘れてしまった。
はっとしたときにはもう遅い。
他の子たちも聞く姿勢に入っており「へえ、知らんかった〜」といつもならわたしがやる役割になっている。
どうしよう、「こいつ急に輪に入ってきて乱しやがって」とか思われていないかな。
心配になっているとバレー部の子が「あ、そういえば」と思い出したように笑う。
「北は男子部の主将やで!」と教えてくれた。
え、主将?
意識が一気にそちらへ向く。
北くん、バレー部の主将なんだ。
意外……いやぴったりかも。
なんか圧すごいし。
「さん、興味あるなら観に来たらええんちゃう? 放課後、男子部練習試合あるで」 女子部は男子部の練習試合を見ていく人もちらほらいるのだという。 この子もその一人だそうで、「男子部強豪やで見とって勉強になるんよ」と言った。 もう一人のバレー部の子が「あと冷やかし半分」とけらけら笑う。 部外の生徒も結構観に来ているらしい。 ほとんどが二年生の選手のファンなんだとか。 誰それ、と素直に聞いたらバレー部じゃない子たちにまでびっくりされた。 なんでも二年生にいる双子の男の子で、高身長だわイケメンだわバレーはうまいわで、他校の生徒にもファンがたくさんいるのだとか。 名前を教えてもらったけれど聞き覚えがなくて首を傾げたら余計に驚かれた。 「いっしょに観に行こうよ」と誘われたので二つ返事で了解した。 興味ある。 バレーというか、まあ、うん。 なんで急に興味を持ったのか自分でもよく分からないけれど。 放課後、話していた女の子たちに連れられて体育館へ向かった。 入口の辺りには噂通り女の子たちが集まっていてちょっと驚いた。 アイドルのコンサート前みたい。 恐る恐る覗き込むと黒いユニフォームを着た背の高い人がわらわらいてちょっと怖気づく。 「あ、ほら、あれが宮兄弟や」と指さして教えてくれたのでそちらのほうを見る。 たしかに顔のそっくりな二人が話している姿が見えた。 でもわたしが見たいのはそこじゃなくって。 話を合わせつつ視線をあちこちに向ける。 あれ、いない? 不思議に思っていると先生みたいな人に呼ばれた大きな人の向こう側に、北くんを見つけた。 1番のユニフォームを着ている。 よく分からないけれど、1番ってなかなか着られない番号っぽいよなあ。 いっしょに日直をやったときに思った身長の高さが嘘みたいに、北くんはとても小柄で痩せているように見えた。 周りの人が北くんより大きい人ばかりだからだ。 バレー選手って大きい人が多い印象だもんなあ。 北くんくらいの身長でも小さいほうになったりするのだろうか。 試合が始まる直前、コートに入って行った選手の中に、北くんの姿はなかった。 どういうこと? 主将なのに?? バレーのことを何も分かっていないからなんともいえないのだけど、強かったりうまかったりするから主将なんじゃないの? 温存してるのかな? いっしょに来た子にわざわざ北くんを名指しして質問するのも恥ずかしくて、黙って様子を見守ることにする。 「すごいやろ、侑くんのサーブ。 あんなもん腕持ってかれるわ」 けらけら笑いながら教えてくれる。 サーブ、あ、見てなかった! ベンチにいる北くんばかり見てしまっていた。 慌てて話を合わしつつコートの中を見る。 体育の授業くらいでしかバレーってやったことも見たこともないけど、ちゃんとした選手がやる試合って迫力があるんだなあ。 練習試合だからもっとゆるい感じなのかと思っていた。 なんか怖いかも。 顔が真剣で、声が大きくて、めちゃくちゃ動き回っていて。 北くんもコートに入ったらあんな感じなのかな。 試合は稲荷崎有利で進んでいるようで、ところどころ拍手をしたり歓声をあげたりしながら見ている。 すごい、という感想はもちろんあるのだけど、それ以上に「北くんはいつ出るの?」というところが気になりすぎて。 北くんはまだ長袖のジャージを肩にかけた状態のままベンチにいる。 動く気配はない。 わたし、バレーを見に来たんじゃなくて、北くんを見に来たんだけどなあ。 …………えっ、なんでだっけ? 「タイムや」 「今ちょっと流れ変わったもんな。 宮兄弟ちょいはしゃいどる感じあるし」 タイムって? そんなことも知らないわたしは有難くも説明をしてもらいながら様子を見守る。 なんでもちょっと相手が有利な流れになってきたり、選手たちの落ち着きがなくなってきたりするとタイムを取って場を安定させることがあるのだとか。 休憩みたいなことかな? よく分からないまま見ていると、選手たちがベンチに向かっているところで北くんが立ち上がる。 横顔しか見えないけれど、いつもの真顔のままだ。 教室にいるときと変わらないんだ。 けれど、選手たちがベンチへやってくると同時に北くんはタオルを渡しつつ、宮兄弟をじっと見た。 あ、わたし、あの顔苦手。 どうやら宮兄弟もそれは同じらしくちょっと怖気づいているのがわたしでも分かった。 声はここまで届いてこないけれど、淡々と北くんが二人に何かを話している。 いつもと変わらない真顔で、きっといつもと変わらない声量で。 決して長くはないその時間を経て、どこか、二人の顔色が変わったように見えた。 主将って、そういうことなんだなあ。 はっとする。 そういうことってどういうことだ! 自分で思ったはずなのに理由はよく分からない。 でも、北くんが主将をしているのは、バレーがどうだとかそんなんじゃなくって、別のところが必要とされているからなのだろう。 他の選手の人の表情とかを見ていたらなんとなく分かった。 信頼されてるんだなあ。 ちょっと見ただけでそれが分かるのってすごいよなあ。 その瞬間、くるっと北くんがこちらを見た。 人と人の隙間から見ているわたしに気付くわけがない。 そう思っていたのに。 明らかにじっと見ている。 どこを見ているのかと思ってわたしも北くんを見ていたのだけど、明らかに。 どう見たってこっちを見ている。 じーーーっと、微動だにせず。 それにはいっしょに来ていた子たちも気付いたみたいで、「珍しいな、北がギャラリー観察しとんの」とちょっと驚いていた。 ばちっと視線が合ってしまったまま、数秒時間が流れる。 北くんがぱちりと瞬きをする。 それからほんの少しだけ、よく見ないと分からないくらい小さく、笑ったように見えた。 北くんこわい。 なんで笑ったんだろ。 いや、うん、たぶんだけど。 笑った、と、思うんだけどなあ。 目が合ったように思ったのも勘違いだったりして。 そうしたらわたしものすごく恥ずかしいやつじゃん。 恥ずかしいやつになりたくないから、勘違いじゃなければいいのに。 北くんこわい。 なんでこんなに北くんのこと、考えてるんだろう。 |