例の三人組の女の子のグループへ混ざることに無事成功した。 三人とも漫画や本が好きで趣味も合うし、たまに会話のノリについていけないけれど概ね話しやすい。 三人プラスわたしだから四人になって偶数だし、ちょうどいい。 女子の奇数は魔の数字、絶対に避けなくてはいけない人数だ。 わたしは読んだことのない漫画の話で盛り上がる三人に「どんな話なの?」、「○○ちゃん詳しいね!」、「おもしろそう!」と合いの手を入れる。 ネガティブなことを言わなければ、たとえ知らない話題に入っていても鬱陶しがられないのだ、大抵は。 ついでにオタク趣味のある人は話題に深入りしすぎずに話をおもしろく聞いていれば、より鬱陶しがられない。 人の話を聞くのは大得意。 嫌がられないように大人しく、ただただポジティブなことだけを言っていればこのままグループに入れてもらえる。 まるで司会者になった気持ちで三人に均等に話題を振ればいい。 リアクションも差をつけない。 たまにからかうような冗談を入れるのも忘れない。 うん、順調順調!
 教室移動の直前、お手洗いに行きたくなったからと言って三人には先に行ってもらった。 休息も必要。 ずっといっしょにいるのは誰だって疲れるからね。 一人の時間も大事にしないと人間生きていけないよ。 一つ息を吐きつつ教科書と筆記用具を取り出す。 別に行きたくないけどお手洗いに行ってから向かおう。 席から立ち上がる。 それと同時に誰かが立ち上がった音が聞こえた。 そうっとそちらを見ると、北くんだった。 教科書と筆記用具を持って席から離れようとしているところだ。 目を逸らすのを忘れてしまって、ばちっと視線が合ってしまった。 とりあえずにこーっと笑っておく。 声をかけるほどでもないだろうし、そのまま目を逸らしてわたしも席を離れようとした。



 えー! 呼び止められる展開は予想していなかったかなあ! 北くんって自分から人にあまり話しかけないしさあ! 予想外のことをされると弱い。 勉強もそうなのだ。 教科書に載っている問題に似たものは解ける。 公式も覚えられる。 でも、応用問題が解けない。 手段をただただ記憶しているだけで、理解をしていない。 だから応用問題が解けないのだ。 人間関係も同じ。 こうすればいいって分かっているけれど、いろんなことを理解はしていないから予想外のリアクションには弱い。

「な、なに? 北くん」
「いや、まあ、俺が言うようなことちゃうんやろうけど」
「うん?」
「楽しないんちゃうかと思って」
「……何が?」
「ずっと」

 なんか気になってしもた。 北くんはそう言ってから「すまんな、変なこと言うて」と付け足し、教室から出て行った。 タノシナインチャウカ。 上手く変換ができない。 たのし、ないん、ちゃうか。 楽しないんちゃうか。 楽しくないんじゃないか。 そういう意味かな? 関西に引っ越してきて三年目だけど、未だたまに変換が上手くできないときがある。 今まで関西弁なんてテレビでしか聞いたことがなかったし、方言のある子が周りにいなかった。 同じ日本に住んでいるのに分からないときがあるなんて不思議だ。 テレビで聞く機会の少ない方言なんてもっと分からないんだろうなあ。
 いや、そんなことはどうでもいいんだけど。 え、なに、楽しくないんじゃないかって。 そんなこと言われたの、はじめてだった。 答えはすぐに出た。 うん、そうだよ。 楽しくないよ。 人の話をよーく聞いて、何を言ってほしいかをよーく考えて、変なことやおかしなことを言わないようによーく注意して。 毎日それの繰り返し。 こう言ったら喜んでくれるかな、こう言ったら共感してくれるかな。 そんなことばかり考えている。 だってそうしなきゃ仲間に入れてもらえないかもしれないから。 人付き合いが苦手なままのわたしじゃ、誰も相手にしてくれないから。
 一番気をつけなくてはいけないのは、そんなふうに思っていることを気付かれないようにすることだった。 それなのに。 そんなのどこにも出ていなかったはずなのに。 北くんは、どうして気が付いたのだろう。 昔からの友達だったりしたら気付いたかもしれないけど、北くんは数日前にはじめて話した人だ。 なんでだろう。
 それもどうでもいい。 何よりも気付かれてしまったことが重要なんだ。 このことを誰かに話されてしまったら困る。 黙っていてもらわないと。 こわい。 北くんこわい。 一瞬で弱みを握られた。 あと、気付いてもそういうの、ふつう本人にはっきり言わないよね? こわい。 北くん、こわい。

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