初恋はいつだろうと考えると、まったく思い当たる節がなくて焦ってしまう。 幼稚園のとき? 小学生のとき? 中学生のとき? それとも、今? どこにも恋をした記憶が転がっていなくて、ああ、わたし、まだ恋をしたことがないんだって思い知った。 あの先輩かっこいいよね。 隣のクラスのあの人いい人だよね。 その程度の会話はしたけれど、心躍るほど人を想ったことがまだない。 それを友達に話すと驚かれるしつまらなさそうにされる。 変なのかなあ。
 三年生に進級した初日。 ざわざわと落ち着きのない様子の教室内は、居心地が良いような悪いような。 残念、仲良しの子はみんな別のクラスになってしまった。 誰か話してくれそうな子はいないかなあ。 そう思いつつ教室内を見渡すけれど、本当に運の悪いことに少しでも話したことのある子はいない。 こういうのって数人くらい仲の良い子は同じクラスにしてくれるんじゃないの? 内心で文句を言いつつ入れそうな輪を見極める。 廊下側の一番後ろで固まっている女子のグループはたぶんむずかしい。 元々仲良しグループみたいに見えるし、たぶんきゃぴきゃぴしたイケイケ女子グループだ。 教室の隅っこで本を読んでいるようなわたしではうまく混ざれない。 教室の中央で楽しそうに話しているグループはどうだろう。 きゃぴきゃぴはしていない、けれどあれはきっと運動部の女の子たちのグループだ。 話についていけるか不安だなあ。 じゃあ一番近くで固まっている女子のグループはどうだろう。 大人しそうな子が三人で固まっている。 三人とも雰囲気から察するにはじめて同じクラスになった感じがする。 自然に入れてもらえそうなのはあそこかな!
 失礼な吟味をし終わったところでゆっくり席を立つ。 教室の隅っこで本を読んでいるような大人しいわたしだけれど、決して人見知りはしない。 嫌なことさえ言わなければ、変なことさえ言わなければ、大抵人はそれなりに歓迎してくれる。 もし嫌がられたらそそくさと退散すればいいだけなのだ! そう、人間関係なんてたったそれだけ。 それさえ守れば仲良くなれるし、仲良くしてもらえるんだ。
 意気揚々と女子三人グループに近付いていく途中、足が机に引っかかってしまった。 思い切り蹴飛ばしてしまった机からころころとシャープペンシルが落ちてしまう。 「あ、ごめんね!」と慌てて拾い上げ、席の主へ手渡す。 そこには真顔のままの男子がわたしをじっと見て「おん、怪我しとらんか」と声をかけてくれた。 優しい人、なのかな? なんだかちょっと怖い、ような。 目力が強いせいかな。 これまた失礼なことを考えつつ「うん、大丈夫」と笑って見せる。 そんなふうにその人と会話を交わしたちょっとの間に、女子三人グループは席を立ってどこかへ行こうとしていた。 あちゃあ。 今話しかけたら完全にタイミングが悪い。 今日は諦めよう。 くるりと方向転換して席へ戻ることにする。 一つ、ため息。
 中学校を卒業したと同時に、関東から関西へ引っ越した。 父親の仕事の関係での引っ越しだった。 仕方のないこと。 仕方のないこと、なのだけど。 本当はちょっと嫌だった。 関西に友達なんてもちろんいない。 テレビで見る関西人の印象からちょっと怖そうだなって思っていたし、言葉遣いが荒くて馴染めなさそうとも思っていた。 でも不安を口に出すことはしなかった。 だって、言ったって無駄だから。 子どものわたしは両親について行くしかないのだ。 嫌だけど嫌だと思い続けていても何も変わらない。
 高校の入学式のあと、教室にぽつんと一人になった。 周りの子たちはみんな中学からの知り合いや、すぐに仲良くなった子たちばかり。 自分から話しかけるの、苦手だし。 話しかけて変に思われたら嫌だし。 そう思って自分から話しかけなかった。 誰か話しかけてくれないかなあ。 そう思って待っていた。 そうして話しかけてくれた子に、なんとか話したのだけど。 こそこそと言葉のことを言われた。 「関東人だ」なんてからかわれたこともある。 話すのが得意じゃなくてうまく話を続けられない。 そんな人間には人は寄ってきてくれない。 でも一人は怖い。 さみしい。 だから、がんばるしかないのだ。
 自分から手あたり次第話しかけた。 「わたし関東から引っ越してきて友達いないから、友達募集中です!」と、明るい笑顔で言葉がみんなと違う理由も牽制に入れて。 明るく振舞えば相手はきっと悪い気はしない。 変に思われたら引けばいい。 そんなふうに当たっては砕けたり実ったりしながら今日まで過ごしてきた。 だってそうしなきゃ、友達なんて一人もできなかっただろうから。 自分から人に話しかけるのは苦手だし、ポジティブに物事を考えるのは苦手だ。 でも、苦手だからって逃げてちゃ、何も変わらない。 一人が嫌ならがんばるしかないんだ。

「なあ」
「あ、はい! なに?」
「すまん、名前なんやったっけ。 いっしょのクラスなったことないよな」

 振り向くと、先ほどシャーペンを落としてしまった男子だった。 お、好感触かも! ちょっと内心喜びながら「だよ!」とにこにこと笑う。 女の子だけじゃなくて男の子もウェルカムだよ! 仲良くしてくれるなら誰だっていいんだ。 仲の良かった小学校、中学校の友達はもうどこにもいない。 関西弁を話さないわたしをちょっと変な目で見る子もたまにいる。 大体みんな仲良くしてくれるから何も不満はない。 けど、たまに、ちょっと疲れる。

な。 北や。 一年間よろしく」
「こちらこそ! 北くんよろしくね!」

 表情が硬くてなんだか考えていることが読み取りづらいけれど、良い人だ! 新学期早々良い出会いに心から感動する。 北くんはじっとわたしを見つめたまま、少し不思議そうな顔をした気がした。 ん、その顔はなんだろう? 何か変なことしたかな? あ、もしかして関西弁じゃないからかな? そう思って急いで「わたし高校から関西に引っ越してきたんだ」と聞かれてもいない説明を付け足す。 北くんはそれに「そうか」とだけ答える。 あれ、お求めの説明はこれじゃなかったのかな。 なんだろう、何を求められているんだろう。 ぐるぐると考えるけれど何も思いつかない。 どうしよう、変なやつって思われてしまう。 何か言わなきゃ。

「なんか」
「うん?」
「顔、引きつっとんで。 疲れとるんとちゃうか」

 え、なにこの人。 こわい。

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