「卒業おめでとうございます!」
「ツム泣いとる、ダサ」
「サムも泣いとるやんけ、ダサ」
「もうちょっと双子寄って。収まんないんだけど」

 角名のスマホカメラに部員全員を入れるのは難しいのでは。そう笑いつつ卒業証書片手に笑っていると、ようやくシャッターが切られた。どうにかこうにか全員収まったらしい。角名が自分のスマホを近くにいた人に渡して、本当の本当に全員揃って入ってもう一枚。撮ってくれた人に全員でお礼を言ってから、角名が部活のグループトークに写真を送ってくれた。
 ギャアギャアと騒がしかった時間もおしまい。寂しい気持ちが溢れてくるけれど、何もかもがいつか終わりを迎える。それは必然だし何ら問題はない。そう分かっていても、寂しい気持ちは消えてくれない。
 一人でしんみりしていると、大耳がこそっと声をかけてきた。「信介とどうすんのや?」と北のほうを見ながら聞いてくる。北はちょうど銀島と話しているところだ。その背中をじっと見つめてから「どうもせえへんけど」と笑うと、大耳は「別れへんいうことやな?」とちょっとほっとしたような声で言った。どうやら心配してくれていたらしい。優しいやつめ。
 結局、大耳たち三人以外には付き合っていることがバレないまま卒業を迎えた。周りが鈍いのかこちらの隠し方がうまかったのかはよく分からない。どちらにせよわたしと北にとっては好都合。このまま言わずに卒業していくつもりだ。知られたら侑あたりが地の果てまでいじり倒してくるのが目に見えている。そんなのは御免だ。そう大耳に言うと「確かになあ」と笑った。
 北がこちらを振り向く。話し終わったらしくこちらに近付いてくた。


「ん?」
「写真撮っとかへん?」
「ええな、それ。俺撮ったるわ」

 大耳が北のスマホを受け取る。なぜその流れになった。よく分からなかったけど、写真を撮りたい気持ちはあったので流れに乗っておくことにする。まだ桜は咲いていない。見慣れた体育館の前、というなんとも代わり映えしない背景を背に北と並ぶ。大してポーズを撮らないままに大耳が写真を撮ってくれた。ツーショット。何気にはじめて撮ったかも。北がわたしのスマホに写真を送ってくれたのでアルバムに保存しておく。きれいに撮れている。それをじっと眺めると、北が小さく笑ったのが視界の隅に見えた。

。約束、忘れやんといてな」

 少し目を細めた北が静かな声でそう言った。その声が好きだった。いつでも正しくて、いつでも穏やかで。聞いているだけで背筋が伸びるような凜とした声。すごく、すごく好きだった。

「うん。忘れへんよ」

 これが、北と話した最後だった。








▽ ▲ ▽ ▲ ▽









 終電を逃した。駅で項垂れて座り込んでしまうと、情けなさで涙が溢れる。わたしと同じように終電を逃した人が嘆いている。悲惨な光景。それに自分も含まれていると思うと、余計に情けなさで涙が止まらなかった。
 高校を卒業してから東京に上京して早五年。社員寮がある会社ということを第一条件に就職先を探した結果、内定をもらった会社は、いわゆるブラック企業だったようで。毎日血反吐を吐く思いで働いた。帰宅は深夜。休日はないようなもの。社会人って大変なんだなあ、と馬鹿みたいにぼんやり言われるがままに働いた結果、体の限界が来た。
 ここ最近疲れているのに眠れなくなったなあ、とぼんやり思っていた。気に留める心の余裕はなくて、眠くならない分作業を進めやすくてラッキー、と思った。馬鹿だ。今なら冷静に自分にツッコめる。けれども、馬鹿だと気付くのがあまりにも遅くて。残業をしていたはずだったのに、目が覚めたら白い天井があった。ハテナを飛ばすわたしの手を握って、わんわん姉が泣いていた。目が覚めたわたしをぎゅうっと抱きしめて「あんた過労で倒れたんやで」と鼻水をすすりながら言って。倒れた。情けない。そう少し泣いた。
 いろんな検査を受けさせられ、いろんな病院に行かされた結果、精神的な病気との診断を受けた。最近眠れなくなったことも、気力がなくなっていたことも、全部病気のせい。そう言われた瞬間、自分なんで病気になんかなっちゃってるんだろ、情けない、としか思えなくて。病室で一人めそめそと泣いてしまった。
 で、一週間入院したのち、めでたく今日退院したのだけど。突然の入院による欠勤で上司が大激怒。「最近の若い女はすぐに精神がどうのうこうのと」と電話口でめちゃくちゃに怒られた。それに何度も何度も謝って「明日から出勤してこい!」と怒鳴られ、今に至る。社員寮に帰ることが怖かった。先輩や同僚も住んでいる寮だ。何を言われるか想像することが怖くて。気が付いたら終電を逃していた。タクシーで深夜にこっそり帰れば、誰にも鉢合わせずに済む、かな。それなら結果オーライということで。そう笑いつつも、手が震えていることに気が付いてようやく「あ、わたし、病気なんだ」と自覚した。いや、遅いやろ。誰かの静かなツッコミが聞こえた気がして、涙がこぼれる。

「約束、破ってしもうたなあ」

 卒業式のあの日、とっくに破るつもりでいたわたしを、あの人は怒るだろうか。

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