「バレー部の学力差エグないですか……」
「無駄口叩いとらんと問題を解け」
「ハイ」

 土曜日。練習試合終わりに体育館の隅っこで北と大耳、三年の先輩数人が仁王立ちして何かを見張っていた。何かと様子を伺ってみると、どうやら小テストで赤点を取ったメンバーが勉強を見てもらっているらしい。小テストの赤点は補習などはない。課題プリントが渡されるくらいだ。けれど、そのあとにある中間テストでは補習を受けさせられる。その補習期間がちょうどバレー部の練習試合が入っている時期と重なってしまうのだ。
 バレー部はスポーツ一本で入ってきた部員もいれば、普通に受験をして入ってきた部員も大体半々くらいいる。基本的に前者はいつも赤点と戦っているのだけど、レギュラーメンバーがそれに含まれていることが多い。せっかくの強豪校との練習試合だ。ベストメンバーで挑まなくてはもったいない。そのため、テスト期間が近付くと成績優秀者に見張られてテスト対策をしている光景をよく見るのだ。
 半泣きで数学の問題を解いているのは侑。英語は治。現代文は角名。他の二年や三年も一様に死にそうな顔でプリントに向き合っている。様子を見ている感じ、角名はサボっただけでやればできるらしい。割とさくさく問題を解いて早々にプリントを終わらせている。侑も理解すればそこから応用は効くタイプようだ。北の丁寧な説明を真剣に聞くとギャンギャン言いつつも問題は解き進めている。その他のメンバーは今にも倒れそうな形相をしているところから、よっぽど苦手な教科だったのだろう。

「北さんめっちゃ成績ええって聞きましたけど、勉強好きなんですか?」
「別に好きちゃうけど、毎日復習したらこんくらい普通やろ」
「普通とは」
「普通とは」
「普通とは」
「一年スタメン候補三人無駄口叩くなや」

 苦しみながらプリントに向かい合っているアランの声に北が笑う。それに混ざるように三人が解いているプリントを覗き込んでやる。治が顔を上げて「さんも成績ええんスよね」と何気なく話しかけてきた。成績。それに一瞬呼吸が止まったけれど、すぐに持ち直す。なぜだか赤木が意気揚々と「は学年六位やぞ」と言うものだから頭を引っ叩いてやった。

「バレー部おかしいやろ……二年の先輩に三人も十位以内がおるとか何事やねん……」
さん賢いの意外なんですけど」
「失礼なやつやな」

 角名の頭をぺしんと軽く叩いてやる。これでもちゃんと勉強している真面目な女子高生なんですけど。まあ、出来が良いのか悪いのかは、分からないけれど。
 ちらりと視線を向ける。侑に数学を教えている北の横顔。侑がちゃんと理解しているかしっかり確認しながら教えている。北に教わったところはきっとテストに出てももう大丈夫だろう。そう確信するくらい真面目に丁寧に教えているように見えた。わたしは説明したり指導したりすることが苦手だ。北のようには勉強を教えられない。
 ふと北の視線がこちらに向いた。どきっとしつつ笑いかける。「子守り大変そうやな」と言うと、侑が「子どもちゃいますけど〜?!」と北より先に返事をする。手取り足取り勉強を教わっているくせに。そう鼻で笑ってやる。今教えていた問題で課題プリントは終了したらしい。まだ数人が終わっていないけれど、もう日が暮れてきたということであえなく解散となる。月曜日が提出期限になっているようで、まだ終わっていない組の一員である治は「死ぬ。月曜休むわ」と死んだ目で言い続けていた。
 北、アラン以外のメンバーと別れてから三人で家路につく。学校からは一番わたしの家が遠い。最初にアランと別れ、次に北と別れることになる。いつも一緒に帰るメンバーだ。アランがぐったりしながら「中間テスト中止になればええねん……」とぼやくのを二人で笑ってやる。

「それにしてもさらに賑やかな部活になりそうやな」
「今年の一年やかましいやつばっかやしな」
「アランも十分やかましいやろ」
「ツッコむところなかったら静かやっちゅうねん……」

 確かに。けらけら笑っていると辺りが少し暗くなった。空を見上げると夕焼けをすっぽり雲が覆っている。明日の天気は晴れだったはず。あの雲は今日の夜にはきれいさっぱり消えているのだろう。
 アランと別れる曲がり角。「ほな、またな」とひらひら手を振って背中を向けた。わたしと北も手を振ってから二人で歩き始める。歩いて五分ちょっとですぐ別れるのだけど、正直二人で歩くこの時間が、今は一番好きだ。学校にいるときよりも、部活のときよりも。嫌なこととか不安なこととか、忘れられるわけではないけれど、北といるとなんとなく安心できるのだ。
 北と別れる曲がり角までもう少し。もっとこの時間が続けば良いのに。そうこっそり思っていると、北が「」とわたしを呼びながら足を止めた。

「明日、空いとるか?」

 思わず驚く。これは、もしかして。そうどきどきしつつ「暇やけど」といつも通りを装って返した。明日は日曜日。今日練習試合があった男子バレー部は珍しく完全オフの日だ。
 これまで北と、二人でどこかに出かけたことはない。部活で毎週忙しいし、部活後にどこかに行くということもなかった。夜にトークアプリでちょっとやりとりをするくらいなものだ。それだけで十分ではある。けれど、所謂デート、というものに多少憧れはある。一応普通の女子高生なもので。

「ちょっと行きたいとこあんねんけど、一緒に行かへん?」

 なんとなく自信なさげ、に見えた気がする。不思議に思いつつもすぐに「行く」と返事をすると、北はちょっと安心したように「また帰ったら時間とか連絡するわ」と言って歩き始める。断られるかも、とか思っていたのだろうか。そう思うとなんだか少しかわいく見えてしまって。北に気付かれないようにちょっとにやてしまった。どこに行くかは連絡が来るまで楽しみにしておこう。
 曲がり角。いつも北と別れる場所だ。立ち止まって「じゃあ、また明日」と声をかけるけれど北からの返事がない。「北?」と首を傾げると、いつもの真顔がほんの少し照れているように見えた。それにびっくりして固まっていると、北が歩き始める。わたしがいつも歩いて行く方向に。北の家、そっちじゃない、けど。ぼけっとしているわたしを北が振り返って「行くで」と呟く。

「北んちあっちやろ?」
「もう暗なってきたし、近くまで送ってく。ずっとそうしたほうがええなって思とったんやけど、なかなか言い出せへんかった」
「ええよ、そんな。北が帰るん遅なってまうやんか」
「ええから行くで」

 すたすたと歩いて行ってしまう。少し小走りして北に追いついてから顔を覗き込む。「ええってば」と苦笑いを向けるけど、北はまっすぐ前を見たまま「ええから」としか言わない。なかなか言い出せなかった、って。照れくさくてって意味だろうか。そうだとしたら、相当、嬉しい。
 何を言っても「ええから」としか言わなさそうだったので、素直に「ありがとう」と笑う。北はわたしの顔を見て「むしろ今まで気の利かん彼氏で悪いな」と言った。彼氏。その言葉に途端にわたしが照れくさくなってしまって、照れ隠しで北の背中をばしんとゆるく叩いておいた。
 全然そんなの気にしないのに。あの*kがそんなことを気にしていたのだと思うと、にやけが止まらなくて。家の近くにつくまで必死に緩んだ表情を誤魔化し続けた。

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