さ〜〜ん、めっちゃ肩痛い、肩揉んで〜〜〜〜」
「舐めた一年やな、更生させやなあかんなこれは」

 一年生が入部して三ヶ月。すっかり部活に馴染んだ一年生たちは今日も賑やかで、主将や監督に怒られることもしばしば。それでも次の瞬間には元気になっているのだから大物揃いだ。中でもこの生意気なやつ、宮侑。こいつがまあすごいのだけどちょっと生意気。かわいいところもあるけど目を離すと何かやらかしそうでハラハラする。昨日も双子の治と殴り合いの喧嘩をしたばかり。ため息をつきつつ近寄って頭をぺしんと叩いてやった。

「痛っ、ひどない? 肩痛いセッターに対してひどないですかさん」
「あんたは先輩に対する態度を勉強してこうへんかったんか」

 侑はへらりと笑って「えー」とだけ言う。まあ、かわいげはある。懐かれている、のだろうとなんとなく感じている。生意気だろうがなんだろうが許せてしまうのがこの宮侑のすごさだ。本気でムカつく人もいるだろうけど、根っこに悪意がそこまであるわけじゃない。いや、ムカつくときはもちろんあるけれど。
 仕方なく肩を揉んでやっていると、外周に行っていた二年生組が戻ってきた。「スポドリ、そこ」と指差しながら声をかけると「ありがとう〜」とへろへろの声で返事があった。スポドリを飲みながらこちらへ歩いてくるアランが「あっお前またに肩揉ませとんのか!」と侑を指差す。

「肩痛いんですもん」
「嘘こけ! 何コキ使っとんねん!」
「そういえばさんって」
「何?」
「彼氏います?」

 突然の問いかけに体育館の中が静まりかえる。そういうタイプの質問、してくる人今までこの部活にいなかったもんな。恋バナみたいなことをしていることはたまにあったけど。内心そう思いつつ「おらんけど」と答えると、侑は「え、じゃあ」と体育館をぐるりと見渡した。

「バレー部の中で彼氏にするなら誰がええですか?」
「北」
「即答?!」

 アランの声が体育館に響くとドッと笑いに変わる。質問してきた侑は驚いたように「北さん〜?!」と首を傾げた。何がおかしい。わたしにとっては一択だったんだけど。体育館の様子からすると意外な回答だったらしい。

「見渡す限り北しかおらんやろ。逆に他誰がおんねん」
「信介以外全員を傷つけてくやん! 怖すぎるやろ!」
「先輩にも気遣ってくれへんかな〜さ〜ん……」
「すみません、正直な性格なんで……」
「てへ、みたいな顔されても許さへんぞ」

 当の本人の北は興味なさそうにスポドリを飲みつつこちらに歩いてきている。アランが「お前の話やぞ信介!」と手招きをする。北は首を傾げながら「なんやねん」と言うと、ちらりと侑の顔を見た。その瞬間侑がぴくりと少し動いたのが分かる。肩揉み終了ね。怒られるのが怖いのね。そう内心笑ってやりつつ「はい、終わり」と侑の肩をバシンッと叩いてやった。
 話の流れを理解したらしい北が「意外やな」と言いながらわたしを見る。意外ではないと思う。そう思いつつ「そう?」と笑ってみる。一応照れている自覚はある。北が近くにいなかったから普通に答えたけど、聞かれている自覚があると照れくさい。

「なんで北さんなんですか?」
「真面目、しっかりしとる、努力家、家族思い、堅実、物をはっきり言える」
「すらすら出てくるやん理由……」
「まあ簡単に言うたら尊敬できるからやな」
「そう言われるとぐうの音も出えへんな……」

 若干堅物すぎて一部の女子からは避けられがちだったり、あまりにも正論がすぎるので怖がられたりするらしいけど。わたしはそういうところも含めて好感を持っている。はじめて会ったときは正直わたしも少し怖かった覚えがあるけど、関わっているうちに誰より真面目に堅実に、向き合ってくれるのは北だと気が付いた。甘やかすことはないけれど、的確にアドバイスをくれるしこちらの話を頭ごなしに否定することがない。そういうところがすごく信頼できるし頼りにしている。他の部員もみんな同じだろうと思っている。
 と、ここまで、つらつらと北の名前を答えた理由を述べたけれど。正直なところ答えた理由は至極単純なものだ。わたしは嘘をついている。北も嘘をついている。部員の誰もが知らない嘘を平然と口にして知らん顔をしているだけなのだ。

「というわけでご指名された北さん、どうですか」
「どうって何がやねん」
「ドライ……! 北さんめっちゃドライ……! 女子に彼氏にしたいって言うてもらっとんのに反応薄っ!」
「ああ、そういうことな。そら普通に嬉しいけど、俺にはもったいないやろ」
「え」
、優しいしよう笑うし、責任感もあって頑張り屋やんか。ええ男にそのうち出会えるやろ」

 なぜだかわたしよりアランが照れつつ「お前、男前やな……」と呟いた。本当に。そこらへんにいる男子高生が同級生の女子に真顔でそんなこと言えないでしょ、普通。こういうことを言えてしまうところが北のすごいところ。ヨイショでもないし茶化しでもない。真面目に照れることなく言えてしまう。そういうところがわたしは、まあ、好きなわけで。
 監督から休憩終了の指示が出る。部員たちがその声に反応して続々と監督のもとへ向かっていく。何人かのタオルを預かりつつ、ひとまずはジャグの移動をしようと歩き出す。歩き出してすぐに北の横を通り過ぎた。北の瞳がちらりをこっちを見る。それに気が付いたということはわたしも見ていたということ。きっと気付かれている。ちょっと恥ずかしくなりながら、何事もなかったように通り過ぎた。
 北とは、二年に進級する少し前から付き合い始めた。誰にも言っていないし隠している。理由は簡単。茶化されたくない、部員にそういうふうに見られたくない、隠すことによるデメリットがあまりない。その三点。隠しているほうが何事もうまくいくだろうと双方の意見が一致している。どちらも異論なしで隠すことに決めた。
 たぶん誰も気付いていないし勘付いてもいない。そういうことに興味がなさそうな二人が隠れて付き合っている、なんて想像もしていないだろう。だからさっきの侑の質問も、そのまま正直に答えて問題ないと判断した。嘘つきたくないし。別の人の名前を挙げて、あとで部員伝いに北に知られても嫌だし。とかなんとか。一応あの質問に答える一瞬は葛藤と戦った。誰もその気持ちを汲んではくれないけれど。
 ちょっと軽くなっているジャグを持ち上げて、体育館の中へまた戻る。補充しようかとも思ったけど今日はこの試合形式が終わったら練習終了だ。補充しても無駄になる可能性が高いだろう。もうこのままいつものところに置いておこう。体育館の端を移動しつつ静かに深呼吸する。ジャグの取っ手を握る手に、ぐっと力が入った。

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