きらりと光る金色。まるで宝石みたいに見えて、ああ、わたし、やっぱりこの人のことが、好きだなあと心から思った。

「なんやその顔。目になんかゴミでも入ったんか?」

 汗を拭いながら優しく笑って、軍手を外す。それをポケットにねじこんでこちらへ歩いてくる。一歩、一歩、一歩。まるでこれまでの時間を辿るように、昔へ帰って行くように。しっかりした足取りは昔から変わらない、迷いのないもので。それがとても羨ましくて、眩しくて。殺していたはずの気持ちが怖いくらい鮮明に光り出してしまう。

「あかんわ。俺、手洗ってへん」

 少し離れたところで立ち止まって照れくさそうに笑った。近くに水道を引いているところがあるとかなんとか言って、やけに饒舌に話し始める。「手洗ってくるわ」とふいっと視線をそらされて、まっすぐの直線から外れていこうとしてしまう。それを見たら、思わず、駆け出していた。





▽ ▲ ▽ ▲ ▽






――高校二年、春

 新入生勧誘に大失敗したわたしは、周りが気を遣って話しかけてこないほど落ち込んでいた。いや、部活的には大成功だった。新入部員はたくさん入ったし、他県から引っ張ってきた有力選手も何人か入った。部活的には良い結果だ。良い結果、なのだけど。
 稲荷崎高校男子バレーボール部。わたしがマネージャーとして所属している部活である。強豪校として有名で、全国常連校。ここでバレーをするためにやってくる選手も多くいる。だから、当然今年の新入部員も豊作だった。監督もコーチも上機嫌だし先輩たちも同輩たちも喜んでいる。そう、わたし以外はハッピーに新入生勧誘を終えたのだ。

まだ落ち込んどるんか……」
「まあ……見事にマネージャー志望一人もおらんかったしな……」

 聞こえているぞ、そこ二人。内心そう思いつつも頭を上げられずにいる。完敗。まさしく完敗だった。興味を持ってくれる子はたくさんいた。興味を持ってくれたことが嬉しくて、いかに稲荷崎高校男子バレーボール部がすごい部活かを熱弁してしまったのが敗因だ。わたしの熱弁が彼女たちに「強豪だからマネージャーも大変そう」というマイナスイメージに繋がってしまったようで、興味を持ってくれた子の誰ひとりとして仮入部さえしてくれなかった。すべてわたしの熱量が生んだ悲劇。気付いたころにはもう遅い。とっくに新入生勧誘期間は終了していた。

「プラスに考えたらええんとちゃうか」
「大耳……」
「先輩らも言うとったやろ。ちゃんと運動部≠チちゅう認識で入ってくれやんとすぐ辞めてしまうんやし、はしっかり説明できとったってことやろ」
「大耳ぃ〜……」
「まあそれで誰も入ってへんのやけどな」
「赤木にはもうボトル渡したらん」
「ほれ見ぃ、拗ねたやんけ」
「アランお前もや」
「なんでやねん?!」

 たしかに大耳の言うとおり、わたしたちの代も元々マネージャーはわたしを含めて三人いた。一人は入って三日で辞めてしまい、もう一人は一ヶ月後に辞めてしまったけれど。マネージャーという立場はドラマやアニメの世界ではキラキラしていて、なんとなく物語のヒロインのようなポジションに思われがちだ。けれど、そんな人は一握りだけ。大抵は地味な裏方だしキラキラなんて以ての外。目立たないところでひたすら地味な雑務をこなすだけ。キラキラしたヒロインマネージャーを思い描いていた人にとって、本当のマネージャー業なんてものはイメージ違いの極致だろう。実際、わたしもはじめは「なんて地味なポジションなのだろうか」と驚いたものだった。
 マネージャーとして入部したきっかけは至極単純。何か部活に入りたかったけど、文化部には興味がなかった。絵を描くのも楽器を弾くのも何かを研究することも別に好きじゃない。中学時代はなんとなくで園芸部に入っていたけど、正直もっと楽しい何かがあるだろうといつも思っていた。かといって運動神経がいいわけじゃない。高校から初心者として何かスポーツや武道をはじめる気にもなれず、ふらふらとさまよっていたときに辿り着いたのがバレー部。何気なく新入生勧誘の説明を覗いていたわたしをとても熱心に誘ってくれた先輩や、同じクラスになったばかりの大耳がいろいろ丁寧に教えてくれた。なんとなく面白そうだな、と思って安易に仮入部届を出していたのだ。 文化部でもない、運動部の一員ではあるけど選手じゃない。その絶妙なポジションが自分が求めていたものに近いな、とそのときのわたしは思ったのだ。

「まあ実際、マネージャーしんどいしな」
「いつもありがとうございます」
「いつもありがとうございます」
「ありがとうな、ほんまに」
「大耳花丸百点」
「なんでやねん?! 一番ライトな感じやったやんけ?!」
「あんたら二人わざとらしいねん」

 けらけら笑ってやる。きつい、なんて言ったけど選手のほうがきついことは明白だ。つい愚痴をこぼしてしまった。そのことに反省しつつようやく顔を上げられた。泣き言なんて言ってられるか。一年生たちに部活の流れを覚えてもらえれば仕事を少し手伝ってもらえるし、しんどいのは今が最高潮だ。今だって同学年の部員たちが仕事を手伝ってくれている。みんな嫌がらずに率先して協力してくれるからかなり有難い。もちろん最低限しかお願いしないように頑張っているのだけど。大きく伸びをして「よし」と一つ声を出せば、やる気に満ち溢れていた。
 一人、また一人と同輩の子が辞めてしまい、一人だけになったとき。本当はわたしも辞めてしまおうかと思っていた。さすがに一人では心許ない。元々やる気があって入部したわけでもなかったし、バレーなんてルールも知らなかった。それでも、どうにか辞めずに続けているのはひとえに、バレー部のファンになってしまったから。ルールはまだたまに分からなくなるけど、この選手たちのプレーをこんなに近くで見られるなら、それとても、すごいことなのだろうと思ってしまったからだ。それくらいこの部活が好きになっていたし、部員のみんなを応援したいと思えた。最初はバレーなんてほとんど興味なかったのに。それだけ選手たちがすごいのだ。わたしにはないものをたくさん持っているし、見ているだけでわくわくする。なんとなくぼんやり過ごしていたかもしれない学園生活を彩ってくれているのは紛れもなく部活だと言える。
 そうなんとなくしんみり考えていると体育館の入り口のほうから足音が聞こえてきた。練習時間までまだ結構ある。大抵この時間にいるのはマネージャーのわたしと、今いる大耳たち、それから。

「お疲れさん……何しとんのや?」
「信介、お疲れさん。慰め会しとったけど今解散したとこやわ」
「慰め? なんかあったんか?」
「勧誘失敗したん引きずっとってん」
「ああ、なるほどな」

 サポーターを体育館の床に一旦置きつつ北が言う。一口ドリンクを飲んでから「まあ、入らんかったんは残念かもしれへんけど」と呟いてからわたしを見た。

、要領ええしよう気付いてくれるで、俺はだけでも十分やと思うけどな」
「それは素直に嬉しいんやけどな……しんどいもんはしんどいで」
「まあからしたらそうなるわな。ごめんな」
「いや、ちゅうかめっちゃやる気出たわ。有象無象の慰めより北の一言やな」
「有象無象て俺らのことちゃうやろな」
「ちゃうよ。大耳は」
「俺と赤木のことやんけ!」

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