『はじめて聞きました! どこらへんにあるんですか? 行ってみたいです!』

 彼女からの返信に、正直ガッツポーズをしてしまいそうになるくらい舞い上がった。 自然に誘える。 でもここでスマートに、自然に誘えなければ怪しまれる可能性が高い。 ここでいかに好印象に食事へ誘えるかが大事だ。 その辺のチャラい男と思われないようにだけは気を付けなければ。 そう思えば思うほど緊張してしまって、途中で送信してしまった。 彼女に見られる前に付け加えなければ。 そう焦ると余計に手元が狂ってまた途中送信してしまう。 内心かなり落ち込みつつ三度目のメッセージを送り、一人で項垂れてしまう。 スマートさゼロ。 断られるかもしれない。 ネガティブに物事が頭の中で進んでいく中、彼女から返信が来た。

『行きたいです。 Kさんさえ良ければ、お願いします』

 ついにだった。 ついに、このときが来たのだ。 二年間ずっと待ち望んでいた瞬間だった。 彼女に会える。 ちゃんと顔を見て話せる。 それだけで世界がより鮮やかに見えるようになった気がした。 運命なんてなくてもいい。 無理やり作った縁でもいい。 彼女と知り合えるのならば、運命も赤い糸も何もいらなかった。









 待ち合わせの駅に三十分以上早くついてしまい、あまりにも浮かれているなあと恥ずかしくなる。 分かりやすいように駅を出てすぐ見える地図の横に立っておいた。 スマホを握って少しそわそわしていると、ふと視界の隅に見えた。 驚いた。 彼女だった。 こちらは一方的に彼女を知っているのですぐに分かったけど、彼女は俺を知らない。 もちろん俺がKだとは気付かずに、時間が来るまで待とうとしているようだった。 俺も早くに着いたことだし、先に連絡を入れよう。 そう思いメッセージに早く着いてしまったことと特徴を伝えた。 彼女は俺からのメッセージを見てから辺りをきょろきょろしはじめる。 探してくれているのだろう。 なかなか見つけらないようで彼女のほうから自分の服装を送ってくれた。 読んでからすぐに彼女を見つけたふりをして近寄ると、なんだか驚いた顔をされた。 はじめてちゃんと会った彼女は思っていたより小柄で、何よりもいつも電車で見るよりかわいく見えた。 休日はこういう恰好もするんだ。 そういう姿を知ることができてうれしくて、たぶん顔がずっと笑っていたと思う。
 予想外だったのは木葉さんと会ってしまったことだった。 木葉さんもたまたま大学時代の友人数人と来ていたようで、俺の姿を見つけて声をかけてきたようだった。 まさか俺が会っている女性がアプリで出会った人な上に二年間もひっそり想い続けている人だと知る由もない。 その上、俺が年齢を五歳も上にサバを読んでいるなんてもっと知らないのだ。 自分の嘘がバレてしまうようなことを言われないように、少し素っ気なくしてしまった。 そのあとで、俺が嘘を吐いていることが一番、なんていうか、最低なんだと思い知る。 嘘を吐いていなければあそこでもっと自然に木葉さんを紹介できたし、高校時代の話もできた。 彼女と知り合いたいがために吐いた嘘とはいえ、嘘を吐くという行為がそもそも最低だ。 どのタイミングで彼女に本当のことを言おうか。 そればかり、頭の中でぐるぐると回り続けていた。
 けれど、やはり。 目の前でにこにことしてくれる彼女を見ると今更、本当は年下なんです、とは言えなくなった。 年下は嫌だと言っていた。 友人も彼女には年上が合うと言っていた。 年下だと言ったらもう二度と会ってくれないかもしれない。 せめて、もう一度会う約束をしてから、本当のことを言いたい。 そんなことを考える俺はきっと卑怯なのだろう。 そう思うと、余計に彼女に罪悪感を覚えるようになっていた。




 その日、彼女と別れてから木葉さんから着信があった。 出てみると「デートの邪魔してごめんな〜?」とからかうような声で言われる。 それに「いえ」と返したら、木葉さんは「あれ、なんかあった?」とすぐに何かを感じ取ったようだった。 今日は木兎さんが出る試合が中継される日だ。 梟谷元メンバーで集まって観ようという話になっている。 木葉さんは「そこで話せるなら聞きますけども?」と笑ってくれた。
 個室にテレビが置かれている個室居酒屋に行くと、すでに俺以外全員そろっていた。 木兎さんたちが三年生だったときのレギュラーメンバーだ。 一年生だった尾長とは半年ぶりくらいに会った。 挨拶を終えて席に着くと、試合開始まで数分と迫っていた。

「で、なんかあった?」

 木葉さんがそう聞くと他の先輩たちも「え、なにが?」と興味を示してくれた。 どこまで言おうか。 説明しようと思うとはじめからじゃないと、とてもじゃないがうまく説明できない。 けれど、周りでこんなことを相談できる人もいない。 そう思って意を決して白状することにした。
 二年前から同じ電車に乗る女性に恋をしてしまったこと。 なんとか知り合いになりたくて、マッチングアプリで彼女を見つけてメッセージのやり取りをしていること。 今日会っていたのがその女性だということ。 そして、五歳、年齢を上にサバ読みしていること。

「いやお前、三十一歳は無理だろ」
「三十一には見えないわな」
「見えないですね」
「いや、ツッコむとこそこ? 赤葦がそういうのやろうって思ったことが衝撃的なんだけど」
「てかぶっちゃけ本当に真剣な子もいる? いるなら俺もやりたい」
「真面目に聞いてください」
「すげー真面目じゃん?!」

 小見さんが「まあまあ」となだめる。 少し言葉を選ぶようにして小見さんは「まあ、嘘はだめだよな」と苦笑いした。 その言葉がシンプルに胸に突き刺さる。 それをフォローするように尾長が「下にサバ読みしてないので、まだなんとか……」と言うと、猿杙さんも「ま〜たしかに?」と言った。

「でも嘘を吐かれると結構残るしなあ」
「会ってくれたってことは好意は持たれてるんじゃないの? 年齢くらいなんとか無理かな?」
「木葉、どんな子だったの?」
「真面目そうな子だったと思うけど?」
「あー……じゃあ嘘とかだめなんじゃない?」

 完全ノックアウト。 尾長が必死に励ましてくれるが、正直あまり耳に入ってこない。 やっぱりか。 やっぱり、嘘は本当、だめですよね。 灰になっている俺に木葉さんが苦笑いをこぼす。 「赤葦の必死さ、普段を知ってる俺らにはめちゃくちゃ伝わってくるけどさ」と肩を叩いてくれた。 その通りだ。 俺と出会ったばかりの彼女にそんなものが伝わるわけがない。 嘘吐きの最低男。 そうとしか映らないに決まっている。

「とにかく謝れ。 早めに切り出せ。 相手に聞かれる前にな」
「……はい」
「そう落ち込むなって! 良い人そうだったし、望みはまだあるだろ」
「…………はい」
「あっやべ、木兎の試合もう始まってるわ。 まあ赤葦、今日は飲め。 とりあえず飲め」

 そう言って木葉さんはテレビをつけながらもう一度乾杯してくれた。 鷲尾さんまで励ましてくれるものだから少し照れてしまったが、一人で考えているよりはずいぶん気持ちが楽になる。 嘘はだめだよな。 そうはっきり言われて目が覚めた。
 そう思っているとテレビから大きな歓声が聞こえてくる。 木兎さんが仲間たちと喜び合っている姿。 それに先輩たちが笑いながら「本当、自慢の同輩だよな〜」といつものごとく言い始める。 本当にその通りだ。 いっしょのチームでプレイしていたときからきっとすごい選手になると思っていた。 けれど、こうしてテレビの中で木兎さんを観ることになるといつも驚いてしまう。 飲みながらテレビを観ていると、木兎さんがアウトを出してしまう。 あまり良くないタイミングだったため、チームがタイムを要求し、カメラが木兎さんたちのチームに向けられた。 まだ序盤だったこともあるし、悪いミスではなかった。 木兎さんは割と元気そうにしていたし、カメラが自分に向いていることに気が付くと笑顔を見せた。 コートに不備があったのかタイムが少し長引いている。 その間もカメラは木兎さんを映し続けている。 すると、木兎さんがカメラに向かって何かを言い始めた。 声までは拾いきれていないが、俺だけではなくこの場にいる誰もが木兎さんの言っている言葉を理解していただろう。

「勘弁してくださいよ……」
「やっべー赤葦有名人じゃん」
「解説の人にも認知されてるし」

 今日居酒屋で集まって中継を見ることは木兎さんにも伝えてあるのだそうだ。 周りのチームメイトも「またかよ」と言わんばかりに笑っているが、ただのサラリーマンをやっている身としてはやめていただきたいものだ。 名字もそれなりに珍しいという自覚があるし、すでに会社の人数人にバレているくらいだ。 この前なんか会場に木兎さんが招待してくれた際、アップ中に大声で「赤葦ー!!」と名前を呼ばれたせいで木兎さんのファンから「どれが赤葦だ?」と探し回られた。 先輩たちは励ましてくれたがその顔は必死に笑いをこらえているものだった。 嫌というか、ちょっと困ってるんですけど、と笑って言える程度のことではあるのだけど。

「そのうち高校時代の写真出されたり、インタビュー来たりしてな」
「本当に勘弁してください」

 賑やかな笑いに包まれると同時に、試合が再開した。

top / 16