土曜日に向けてはじめたのは、優子と会社帰りのショッピングだった。 二人して残業をせず退社時間になると同時に会社を出た。 そうしてまだ開いているデパートに行き、優子の指導の元洋服を見て回った。 化粧品も新調した。 普段髪の毛は何もしないけど、ヘアアクセサリーを買って、優子と店員さんに簡単にできるセットを教えてもらった。 浮かれすぎてないかな。 そう心配していると優子は不思議そうな顔をした。 「デートで浮かれちゃだめなの?」と。 その一言が、わたしにとってはなんだか、すごくうれしいことだった。
 春の終わりの微妙な気候に対応できるように、分厚すぎないカーディガン。 色は柔らかいグリーンにした。 それから、優子からの熱烈な勧めがあってワンピースを着ていくことになった。 白を基調とした花柄の爽やかな雰囲気のワンピース。 この年齢でちょっとかわいすぎないかと心配したけど、優子から「あんたはどっちかっていうと甘め童顔だから大丈夫」と言われた。
 買い漁ったものを部屋に並べて一つ息を吐く。 デート。 そうか、これ、デート、なんだよね。 会ったことのない男性とデートなんてはじめての経験だから、何もかも不安だけど。 それよりも楽しみで仕方ないのは、わたしがKさんに恋をしているからなのだろう。 そう思うとどれもこれも気合が入りすぎている気がして恥ずかしくなる。 けど、優子の言葉を思い出す。 「デートで浮かれちゃだめなの?」、当たり前のように言われたその言葉が、わたしには希望だった。




 水曜日、木曜日、金曜日。 一週間があっという間だった。 退社時間になった会社の時計を見つめる。 家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、歯を磨いて、眠る。 そうしたら、Kさんと会う土曜日が来るんだ。
 どんな人だろう。 良い人だといいな。 穏やかな人だといいな。 メッセージのままの、真面目な人だといいな。 騙されていたなんて思いたくない。 Kさんはきっと良い人だ。 なんとなく、そう思った。
 なんだか気持ちが落ち着かなくて少しだけ残業をしていくことにする。 今日は優子はデートだそうで、すぐに帰っていった。 帰り際にわたしに小声で「明日、ファイト」と言ってから。 それに恥ずかしくなりつつまたちょっと勇気をもらった。
 パソコンに向かっているとスマホが震えた。 Kさんからだ。 周りの人の目を少しだけ気にしつつそうっとスマホを見る。 「明日、楽しみにしています」という一文に思わず表情が緩みそうになった。 ぐっと堪えて「わたしもです」と返信する。 楽しみ、だって。 うれしい。 わたしだけじゃないのかな、と思えた。









 土曜日の朝。 きれいに晴れた空を見て少し緊張が出てきた。 今日、Kさんと会うんだ。 緊張からか少しだけ早く起きてしまった。 落ち着かない気持ちを抱えながら顔を洗って歯を磨く。 優子といっしょに選んだワンピース。 カーディガンも今日の気候にぴったりだ。 靴は靴擦れをするといけないと思って新調はしなかったけど、代わりに昨日の夜にぴかぴかにしておいた。 新しく買った化粧品。 鞄は出かけるとき用の気に入っているものを持っていくことにした。 ヘアアクセサリーもあとできれいにつけなきゃ。 浮かれている。 だって、そう、デート、だから。
 どきどきしながら化粧をして、着替えて、髪の毛をセットした。 変じゃないかな。 確認してくれる優子はいないけれど、たぶん、大丈夫だって、と言ってくれる気がした。 大丈夫。 勇気を出さなくちゃ。 一つ深呼吸。 まだちょっと早いけど、もう家を出よう。 気持ちが落ち着かない。 そわそわと時間の経過を待つのはつらいものだ。 戸締りをしっかりして、ドアの前でもう一度深呼吸をしてから歩き出した。

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