Kさんとのやり取りをする回数が増えた。 一日多くても五回くらいだったのに、今では暇があればすぐに返信するようになった。 Kさんもそれに合わせてくれているのか、割とすぐに返信をくれる。 面倒だと思われていないか心配でたまに時間を空けたりするけれど、今のところKさんに変わった様子はない。 このままメッセージのやり取りを続けても大丈夫、ということだろう。 それがうれしくてついつい長文になったりする。 それにもKさんは同じように長文で返してくれる。
 そんなわたしを見て優子は「よかったじゃん」と喜んでくれた。 それと同時に「そろそろ、いいんじゃない?」とわたしの顔を覗き込んだ。

「……何が?」
「何がってあんた! 会ってみたらってことよ!」

 その言葉がずしっと全身にのしかかる。 会う。 Kさんと、実際に会う。 わたしが、Kさんと。 メッセージのやり取りをはじめて一週間くらいだろうか。 Kさんのことはまだ詳しくは分からない。 分かるのは優しそうな人であることと、真面目そうな人であることと、穏やかそうな人であることくらい。 そんなKさんと会う。 前みたいな抵抗感はなくなっていたけど、新しく不安というものが芽生えるようになっていた。 美人じゃなくてがっかりされるんじゃないだろうか。 ネットとちがってうまく話せないだろうから、そこもがっかりされるんじゃないだろうか。 Kさんはわたしにどんなイメージを抱いているのだろう?
 素直に優子に不安があることを伝えると、なんだか困った顔をした。 そうして「は前々から思ってたけど、自信なさすぎ」とでこぴんをしてきた。 それに加えて優子は「そもそも美人だとかそうじゃないとかで興味なくしてくるような男だったらお断りでしょ?」と言った。 たしかに、それはそう、なんだけど。 少し返事に詰まってしまう。 優子はそれを見てまた困ったように笑う。

が悩むのも分かるけどさ、結局行動してみないとずっと悩みは尽きないよ?」
「…………そう、だよね」
「そうそう! メッセージを見た感じ、あたしも変な人じゃないと思うよ」

 その言葉に「うん……」と頷く。 でも、会うといっても、なんと誘えばいいのか。 軽い女だと思われないだろうか。 そんなふうに思われたらショックだな。 もやもやと考えていると、ちょうどKさんからメッセージが来た。 前に行ったカフェがとてもよかった、という会話の返信だ。

『先日先輩に連れていかれたカフェがとても良いところでした。 普段はあまりカフェに行かないので完全に素人目線ですけど……。 ブルーサイドカフェというところなのですが、ご存知ですか?』

 その返信を見た優子が「チャンスじゃん!!」とわたしの肩を掴んで大きな声で言った。 チャンス、とは? わたしがよく分かっていないことに驚いたのか優子は「だから! デートに誘うチャンスじゃんこれ!」とスマホを指さした。 このKさんがおすすめしているカフェに、いっしょに行きたいと言えとのことだった。

「む、無理だよそんないきなり!」
「無理じゃない! いっしょに行きたいって言えないなら、とりあえず行きたい雰囲気出して返信!」

 「今すぐに!」と優子はさながら監督のように指示を出す。 今頼れるのは優子しかいないので、恐る恐る文章を打つ。 「はじめて聞きました。 どんなところですか?」と打ったわたしに優子は「だめ!」と送信ボタンを押そうとするわたしの手をつかむ。 これでは全然行きたいという意思が伝わらない、と優子はいつにも増して熱く添削をしてくれた。
 ああでもないこうでもない、と添削されながらできあがった文章。 「はじめて聞きました! どこらへんにあるんですか? 行ってみたいです!」という文章にお花の絵文字をつけた。 優子からギリギリ合格をもらえたのはこれだった。 どうしても「Kさんと行きたい」とは打てなくて、妥協に妥協を重ねてもらった結果だ。 ちなみに最後はハートの絵文字にするように言われたけどそれも無理だったので妥協してもらった。 優子は「まあちょっと弱いけど、向こうも会いたいって思ってたらいっしょにどうですかって提案してくれるだろうし」と若干不満げに言う。 わたしとしてはかなり大胆な返信のつもりだ。 優子には悪いけどこれ以上はちょっと無理だ。
 どきどきして返信を待つ。 早くに返してくれるときはすぐに返ってくる。 もしかしたらもう返ってくるかもしれないし、今日はもう返ってこないかもしれない。 できることならば。 今すぐに、返ってきたら、うれしい、とか。
 そんなわたしの手に握られたスマホが、まるでわたしの気持ちを読んだように震えた。 びくっとしてからゆっくり画面をオンにする。 アプリからの通知。 確実にKさんからの返信だった。 わたしも、なぜか優子も、緊張していた。

『表参道のあたりです。 駅から近くて行きやすいところでしたよ』

 優子がものすごく小さな舌打ちをしたのが聞こえた。 「男から誘ってこいよ……」という地獄から響くような声も聞こえた気がしたけど、聞こえなかったふりをする。 Kさんはわたしと会おうなんて思っていないのだろう。 仕方ない。 わたしが好きでも、Kさんがわたしを好きになるというわけではない。 恋愛とはそういうものだ。 内心そう落ち込んでいると、ふと気が付いた。 これまで必ずひとつはクエスチョンマークを入れて返してきていたKさんが、今回はそれを入れていない。 今までで一、二を争うくらいの短文だし、なんだか気になった。 なんて返信しようか考えるよりも、Kさんの様子がちがうことのほうが気になってしまったのだ。
 優子がぼそぼそと恨み言を言っているのをなだめつつ、どうしたのだろうと考えてしまう。 よっぽど都合の悪いことを送ってしまったのだろうか。 Kさんが嫌な思いをしたのなら謝りたい。 そんなことを思っていると、またスマホが震えた。

『すみません、途中で送ってしまいました。 連続の送信になってしまってすみません。 もしユウコさんが嫌でなければなんですが』

 不自然なところで切れている。 びっくりしていると、またスマホが震える。

『すみません、また間違えました。 本当にすみません。 ユウコさんさえ良ければ、いっしょに行ってみませんか。 嫌なら断ってください。 ご不快に思われたらすみません』

 ぶわっと一瞬で、たったの一瞬で、余計に。 なんだか涙が出そうなくらいうれしくて黙っていると、優子が「やったじゃん」と自分のことのように喜んで笑ってくれた。 「てか、意外とかわいい人じゃん」と優子が続ける。 「この人、さっきまでの年上の余裕どこいったし」と笑うものだから、わたしまで笑ってしまった。
 Kさんへの返信は今までで一番緊張した。 「行きたいです。 Kさんさえ良ければ、お願いします」と返したら、Kさんはすぐに「本当ですか」とたった一文だけで返してきた。 それがなんだかかわいくて、面白くて、今まで不安に思っていたことはすべて吹っ飛んで行ってしまった。
 Kさんとは今週土曜日、駅で待ち合わせることになった。 優子は「はじめは彼氏とこっそりつけようかと思ってたけど、この人なら大丈夫そう」と笑ってくれた。 もちろん会ってみて変な人だった、というパターンも無きにしも非ずなので、そのときはすぐに誰かに助けを求めるように言われた。 駅前だし人が多いからそんなことはないだろうけど、と付け足して。
 今週の土曜日。 その約束が入っただけで、なんだか今週はずっとがんばれる気がした。 単純なやつ。 そう自分を笑ったけれど、それを悪いことだとは思わなかった。

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