相談してみたら優子はあまりにもあっさりと「え、会ってみればいいじゃん」と首を傾げた。 それがわたしには衝撃すぎて言葉を失った。 そんなにすんなり言ってもらえるなんて思わなかった。 たしかにアプリを勧めてきたのは優子だったけど、でも、どうしても自分に偏見があるままだったから。 そんなにすんなり、応援してもらえるものなんだ。 プロフィールだけではどんな人かも分からない相手を好きになったわたしをばかにしなかった。 それに驚いてしまう。

がやり取りしていいなって思ったんでしょ? だったらあたしは応援するよ!」

 正直に言って恋をしたのは久しぶりで、どうしたらいいか分からない。 しかも相手はどんな人かよく分からない人だし、会ったこともない人だ。 どうアプローチをかければいいのかもどこまで踏み込んでいいのかも分からない。 そもそもKさんはわたしのことをどう思っているのだろう。 向こうからいいねをくれたとはいっても、メッセージのやり取りをしている中でイメージとちがうと思っているかもしれない。 そう思うとどう動いていいのか余計に分からなくなってしまった。
 優子はそんなわたしにいくつかアドバイスをくれる。 ひとつ、相手に質問させるばかりではなくこちらからも相手のことを聞くこと。 ふたつ、自分からさりげなく自分の情報を発信すること。 みっつ、隙あらば好意があると分かる文章を挟むこと。 優子はそう真剣な顔で言ってから「これであたしは今の彼氏ゲットしたから」とピースサインで締めくくった。
 優子と別れて帰宅してすぐ、アプリを開く。 土曜日から返信しないままのKさんとのメッセージ画面を開いた。 Kさんの最終ログインは24時間以内と表示されている。 今日もアプリにログインはしたようだった。 やっぱり、他の女の子ともメッセージのやり取り、してるんだよね。 そう思うと内心少しだけ傷付いている自分がいた。 ばかだな。 そういうアプリなのだから傷付くほうがおかしいのに。 笑ってしまう。

『今日はお休みですか? 良い休日をお過ごしくださいね。 どこか行かれるんですか?』

 土曜日に開いたメッセージで止まっている。 Kさんはどう思っただろう。 急に返信をしなくなったわたしを、「飽きたのだろう」とか「別の相手ができたのだろう」とか、思ったのだろうか。
 まず、「返信遅れてすみません」と打ち込む。 汗マークの絵文字をつけてみる。 そのあと、Kさんからの質問に答えたほうが良いのか、それとも返信できなかった理由を打ったほうがいいのか。 悩みに悩んで、逆の立場になったときを考えた。 わたしだったらどうして返信がなかったのか聞きたい。 嘘だったとしても、理由を教えてもらったほうがほっとする。 そうとなれば理由を書こう。 でも、なんと書けばよいのだろうか。 あなたのことを好きになっても良いのか悩んでいて返信できませんでした。 ……とは送れるわけがない。 一先ずときには嘘も必要、ということで、土日は予定があった上に今日は仕事が忙しかったことにしておく。 打ち込み終わってから、一呼吸おいて送信ボタンを押す。
 好きになったと自覚して、はじめての返信。 変な文章じゃなかったか何度も何度も見直した。 大丈夫、変じゃない。 ちょっと堅い気はするけれど。
 電気もつけず、靴も脱がないまま玄関に立ちっぱなしだった。 慌てて靴を脱いで電気をつける。 スマホの画面をオンにしたまま鞄を置き、ストッキングを脱ぐ。 部屋着に着替えつつスマホをちらちらと気にしてしまう。 返信、くれるかな。 もういい人を見つけてしまっているのかな。 もう、わたしのことなんか、相手にしてくれないかな。 返事をくれたら、期待してしまっていいのかな。 いろんな期待と不安が混ざりながら悪戯に時間だけが過ぎていく。
 スマホから目を離して冷蔵庫から今日の晩御飯を取り出してレンジに入れる。 昨日作っておいたもので済ましてしまおう。 そのために昨日は無心で家事をしたのだから。 レンジが止まるまでちらちらとスマホを見る。 Kさんはどうやら仕事でいつも帰りが遅いようで、夜に返信をくれるときは遅い時間帯であることが多い。 今くらいの時間帯はあまり返信はなかった。 だから、見なくてもいいんだけど。 それでも期待してしまう。 久しぶりに返信が来た、ようやく返信が来た、と思ってくれるのではないか。 そう、どきどきしている自分がいるのだ。
 レンジがチン、と高い音を鳴らす。 驚いて肩が震えてしまった。 一人で照れつつレンジから晩御飯を取り出して机に運ぶ。 お箸とお茶を準備してから手を合わせた。 まだ仕事中なんだ、そうだよね。 内心そう思いつつもスマホを見続けてしまう。 画面が消えてしまったら電源ボタンを押してわざわざオンにした。 横目で何度もスマホを見ながらご飯を食べていく。 味なんてよく分からなかった。 そんなことより、通知が来ないかが気になって仕方ない。
 わたしが一旦箸をおいてお茶を飲んだときだった。 携帯が短く振動する。 通知の合図だ。 どきっと高鳴った心臓を落ち着かせてからそうっとスマホを手に取る。 画面がオンになっていたから通知があのアプリからだとは一目で分かった。 いつも返信をくれていた時間より少し早めだ。 Kさんからの返信、だろうか。 誰かからのいいねだったらがっかりしてしまうだろうなあ。 そう思いつつ通知欄を開くと、待ちに待ったKさんからの返信だった。

『そうだったんですか。 いえ、気にしていませんよ。 むしろお忙しいのに返信をくださってありがとうございます。 ユウコさんのお時間があるときでいいので、メッセージでのやり取りを続けていただけるとうれしいです。 もうお仕事は落ち着いたんですか?』

 たぶん今までで一番長い文章だった。 それがうれしくて、少しだけ表情が緩んだのが自分でも分かる。 いつもなら少し時間を空けて返していたのだけど、もうすぐに返信を打っている自分がいた。

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