このアプリに好印象を持ったのははじめて五日間だけだった。 鬱陶しい。 とにかく鬱陶しくなっていた。 最初にマッチングした男性、はじめは好印象でいい人だと思っていたけれど、最近はずっと会いたいとしか言わなくなった。 写真送ってとか、何カップなのとかそういうことばかり。 ちょっと仲良くなれたらすぐにそれだった。 丸一日メッセージに返信しないまま、もうブロックしようか迷っている。 二人目、この人はとにかく真面目そうなのだけどとにかく会話をすべてこちら任せにしてくる。 質問するのは必ずわたし。 はじめのうちは向こうもかなり頑張っていたようなのだけど、興味がなくなったのか一文でしかメッセージが返ってこない。 三人目、この人は完全にプロフィールに騙された。 会話のはじめから会いたいの一点張り。 ただ女の人と一夜の関係を築きたいだけなのが見え見えだ。 他の男性たちも似たようなもので、会いたいだけの人と思っていた感じとわたしがちがったのか明らかにキープしているだけの人。 返信するのも面倒になっていた。
 もうブロックもせずに退会してやろうかな。 メッセージが来るとなんとなく無視しづらくて返していたけど、もう全員面倒くさい。 わたしは誰一人として会いたくないんですけど。 そういう気持ちになりつつ仕方なく続けている。 優子には悪いけど、もう今日にも消してしまおうかな。
 そう思っていると、新しい通知が来た。 今度は誰からのメッセージだよ、そううんざりしつつ通知を開くと、新しいいいねを知らせる通知だった。 三つ年上の人からだ。 プロフィールを見ると登録したばかりの都内在住の会社員の人だった。 写真に顔は映っていなかったけれど、スーツを着た肩から下の写真が登録されている。 スレンダーな感じの人だ。 自己紹介文も真面目そうな感じで、特に引っかかるところはない。 顔写真を登録していないせいであまりいいねをもらわないわたしになんでいいねをしたんだろう。
 この人で最後にしよう。 この人もだめだったらアプリは消す。 そう決心して、いいねを返した。









「へえ、じゃあ今その人からのメッセージ待ち?」

 優子はわたしのスマホを覗き込むと「うわ、全然どんな人か分かんないじゃん」と言った。 プロフィールはちゃんと登録されているけれど、自己紹介文も当たり障りがない感じだしどういう人なのかは想像しづらい。 でも逆にそれに好感を持った。 今までの人はみんな自己紹介文でどういう人かが分かってその印象でいいねを送っていた。 けれど、いざメッセージのやり取りをしてみると印象とまったくちがう人ばかりだったのだ。 自己紹介文では自分をよく見せようとする。 それは当たり前だ。 誰だって第一印象は良くありたい。 けれど、この人にはそれが一切なかったのだ。
 「K」というニックネームと業務的なプロフィール、顔の映っていない写真。 それしか情報がないことがわたしにとっては好印象だった。 単純に出会いを不純に求める人ならば、もっと女の子が寄り付きそうな感じにするだろう。 この人は本気で恋人を探しているんじゃないだろうか。 短絡的だけどそう思ったのだ。
 優子にこれまでメッセージを交換した男どもがいかにひどかったかを見せていると、Kからメッセージが届いた。 二人で恐る恐るメッセージを見てみる。

『はじめまして。 都内で会社員をしているKといいます。 31歳です。 ユウコさんのプロフィールを見て素敵な女性だと思い、いいねしました。 もし良ければ返信ください』

 絵文字も何もないそんな文章を見て優子は「堅っ!」と笑った。 「あたしやってたとき、こんな人一人もいなかったんだけど!」と大笑いする優子をなだめつつ、なんと返信しようか考える。 真面目そうな人だし、わたしも真面目に返さなきゃ。 でも、こんな真面目そうな人があんなかわいらしいプロフィールによく興味持ってくれたなあ。 優子が考えてくれた自己紹介文は男性から見たら魅力的に見えるようだ。 モテる子っていうのは本当にすごいなあ。 内心優子にそう思いつつ返信文を打つ。 「いいねありがとうございます。 良ければ仲良くしてください」と打ってから優子が「絵文字とか付けたら?」と言ったけれど、相手が真面目そうだからと言えば「それもそうか」と言ってくれた。
 メッセージを送信する。 送り終わっててから一つため息がもれる。 この人まで急に会いたいとか顔が見たいとかだけになったら、もう男の人を信用できなくなるかも。 そのときはアプリをやめるだけなのだけど。




 Kさんとのやり取りは多くても一日五回ほどだった。 今までの人のようにすぐに返信してくるわけではなく、時間のあるときにマイペースに返してくれているようだ。 逆にそれがわたしには有難かった。 今までの男性はわたしのプロフィールにさみしがり屋だとかなんとか書いてあるから頻繁に送ってきたのだろうけど。 実際は一人の時間もちゃんとほしいタイプなので、このKさんとのやり取りに苦痛はなかった。 むしろ、人と少し話したいなあと思ったタイミングに返せるので、とても心地よかったのだ。
 そうして何よりも、自分から人に話を振るのが得意ではないので、Kさんのほうから話題を作ってくれたり質問をしてくれたりするのが有難かった。 Kさんは程よい距離感を保ってわたしに質問をしてくれた。 会社はどこなのかではなく、どういう業種なのかとか。 プライベートに踏み込みすぎない良い距離感だった。 こちらが不快感を持たないような質問しかしてこないことが心地いいのだ。 好きな食べ物とか、趣味とか。 当たり障りのない質問からはじめてくれるし、自分のことをもこちらが聞かなくても教えてくれるから会話を続けやすい。 長文を送ってくるわけでもなく、短すぎるわけでもなく。 本当に程よい人だった。
 そうして何より、会いたいとか顔が見たいとか、下ネタとか、そういうのを今のところは一切言ってこなかった。 ただただ誠実に、真面目に。 絵文字もなければ敬語も外れない。 そういうメッセージを送ってくれた。 これが年上の男性の余裕なのだろうか。 それならば、理想の人だなあ。

『そういえば今年の桜は早咲きでしたね。 仕事が忙しくて見に行けなかったので残念でした。 ユウコさんはお花見、行けましたか?』

 そんなメッセージにほっこりする。 下心なんて微塵にも感じない。 けど、わたしに興味を持ってくれているのが分かる。 それがうれしくて、メッセージを送り返すときに、優子とお花見に行ったときに撮った桜の写真を送った。 顔は映っていないけれど、写真を送るのはこれがはじめてだった。
 数分後、Kさんから返事が来た。 「きれいな桜ですね。 羨ましいです。 お弁当はユウコさんが作ったんですか?」という文章とともに、はじめて、絵文字がついてきた。 桜の絵文字。 それがなんだかかわいくて、ふふ、と笑ってしまった。
 Kさんからの返信が待ち遠しくなっている自分に気付く。 けれど、なんだかそれが後ろめたいことのように思える自分がまだいた。 優子が今の彼氏と出会ったことを後ろめたいことだと思っているわけじゃない。 ……いや、本当は、ちょっと後ろめたいことだと、思っている自分がいる。 だって結婚するとなったとき、両親に出会いのきっかけを聞かれたらどうすればいいのだろう。 マッチングアプリなんて答えたら、どんな反応をされるのだろう。 友達に紹介するときも、ちょっと、言いづらいんじゃないかな。 ……そこまで考えて、内心優子に謝る。 思ってしまうのだ。 優子は美人なのだから、こんなものを使わなくったって彼氏くらいできたのに。 どうしてこれを使ったのだろう? わたしみたいな地味な女が使うならまだしも、優子は求めればいくらでも出会いはあるのに。 今の彼氏がいくらいい人そうだからって、なんとなく、ネガティブな印象は消えてはくれない。
 Kさんは変わらずずっと穏やかなメッセージをくれた。 届くたび早く見たいと思うのだけど、ぐっと堪えて時間を開けてしまう。 すぐに返したら簡単な女だって思われるかもしれないから。 Kさんが豹変してしまったら絶対落ち込むから。 今のままを保つように務めた。

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