「どう? 調子は!」

 会社帰り。 今日は残業せずに優子の家で夕飯を食べようという話になり、二人で電車に揺られている。 優子が聞いているのは例のイマコイというアプリのことだろう。 苦笑いしつつ「いいねゼロだよ」と報告をすると、「まあ顔写真ないもんね」と優子も苦笑いをした。 逆にわたしからいいねはしていないのかと聞かれたけれど、全員チャラい人に見えてしまってなかなかできないままでいる。 いいな、と思う人も数人いたけれど、この人も実はそういう目的なのでは、という疑いが拭えないままだ。 優子は「まああたしも最初そうだったもん」と言って「顔写真、あたしの使う?」と言ってくれた。 けど、それこそ詐欺になってしまう。 優子は美人だ。 対してわたしは地味。 実際もし会うとなったら相手の男性はがっかりしてしまうにちがいない。 写真のことはやんわりと断った。
 優子は「お試しだし、いいねしてみてよ」と言う。 アプリを開いてみると、数人新しく登録したらしい男性がトップページに載っていた。 優子が「あ、この人いいじゃん」と指をさしたのは二つ年上の男性。 ものすごくかっこいいわけではないけれど清潔感のある人で、大人数でわいわいするよりは少人数で過ごすほうが好きと書いてある。 わたしとタイプは似ている。 「嫌だったらブロックできるし、物は試しだよ」と言われていいねを押してみた。 何人か優子が「いいじゃん」と言う人のプロフィールを見ていく。 「年下はちょっと」と言えば優子は「、年上が合いそうだもんね」と笑った。 その流れで数人の男性にいいねをして、アプリを閉じた。









 優子の家でご飯を食べたあと、駅まで送ってくれた優子にお礼を言って別れた。 ホームで電車を待っている間にニュースアプリを見ていると、通知がちかちかと光っていることに気付く。 メール? でもメールや着信はポップアップが出るようにしてあるし、なんだろう? そう思って通知欄を開いてみると、マッチングアプリからの通知だった。 「マッチングしました」とのことだ。 恐る恐るアプリを開いて確認してみると、優子に言われて電車の中でいいねをした内の一人からいいねが返ってきていたのだ。 顔写真も登録していないのに、チャレンジャーな人もいるんだな。 そうちょっと面白く思っているとさっそくメッセージが飛んできた。 既読などは付かないようになっているらしいのでメッセージを開いてから返信するかは決めることにした。 開いてみると「はじめまして! プロフィールを見て気が合いそうだと思ったのでいいねしました」と書かれている。 結構いい人そう、かも? そう思ってこちらも当たり障りのない返信をしてみる。 プロフィールをもう一度確認で見に行っておく。 都内に住んでいる二つ年上の男性。 プロフィール写真は清潔感があって、バーベキューをしている写真から見るにアウトドア派なのだろう。 特別インドアというわけでもないので特に拒否感はない。 電車が来るまで何回かメッセージをやりとりをした。 あれ、思ってたより、結構いいのでは?
 マッチングアプリ、というかもうほとんど出会い系じゃん。 内心そう思っていた。 優子が今の彼氏と出会ったきっかけがこれだと聞いて、正直内心ショックだった。 怖い人とか変な人だっているだろうに、自分からこういうものに飛び込んでいくのがよく分からない。 そう思っていたからだ。 見極めれば大丈夫、なんて言ったって相手の本音は文章では分からない。 けれど会ってみたら変な人だった、では遅い。 危ないというイメージしかなかったのだ。 実際そういうイメージを持つ人は多いだろう。 優子に勧められて登録したあとにネットでこのアプリの名前を検索した。 もちろん優子と同じようにおすすめだと書いている人もいたけれど、逆にこれのせいで怖い目に遭ったと書いている人もたくさんいた。 注意を呼び掛ける記事もあったし、こういうアプリを使って事件に巻き込まれたというニュースも出てきた。 やっぱりこういうもので怖いことを考えている人もいる。 それはたぶん、変えようのない事実なのだろう。
 でも、こうして実際にやり取りをしてみると、本気で恋人を探している人もいるんだな。 そう思ったら少しだけやる気が出た。 顔写真を登録するのはまだちょっと抵抗感があるのでやめておく。 ただ、マッチングアプリの登録内容の最後にあった年齢確認の欄。 これはなんでも免許証や保険証の写真をアプリ運営会社に送信しなければいけないそうだ。 年齢確認をしなければ決まった数しかいいねができなかったり、メッセージのやり取りに限度がある。 信用できないと思ってまだ年齢確認だけしていなかったのだ。 でも、まあ、優子もその友達たちも使ってたんだし。 そう思い、免許証の写真を撮って送信した。
 その日のうちに三人からいいねが返ってきた。 ちょこちょことメッセージのやり取りをしていると、新しい出会いがあったように思えて少しうれしかったのは事実だった。

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