正セッターの先輩、水野さんが家の事情で休みということで、レギュラー陣の練習に補欠セッターが入り、補欠組の練習にわたしが入ることになった。 今日は雨天ということもあっていつも女子部が使っている体育館は野球部とテニス部が使うことになってしまい、必然的に女子部は男子部と同じ体育館での練習になる。 男子部は広い体育館を使っているので、狭いというわけではないけど。 けど、雨の日がわたしにとっては一番憂鬱だった。

「あ、木兎〜混合やろうよ」
「おーいいぞ!」

 混合、とは息抜きでやる男女混合チームで行う試合のことだ。 雨天だと体育館がお互い十分に使えないこともあって、いつもよりゆるめの練習になる。 そうなると監督たちは割と主将に練習を任せることも少なくはなく、こうして勝手にメニューを決めても何も言わないことが多いのだ。 コートを二面使うので男子部女子部ともにメンバーを二チーム分出し合って、あとはくじ引きだ。 憂鬱なことに、女子部セッター枠として珍しくわたしが駆り出されてしまうというわけだった。 試合できるのは嬉しい。 でも、できれば混合じゃないときがよかった、というのが本音だ。 しかも、運の悪いことに今日はコートを一面だけ使って片一方のチームは休憩、その間に片一方が試合をするという流れらしい。 もう一面ではほかの部員が練習で使いたいと申し出たらしい。 わたしもそっちに混ざりたい、なんて言えるわけもなく、混合ゲームのコートにいるしかなくなる。 女子部主将が「じゃあまずセッターから分けよ〜」と悪魔の宣言をしたところで、くじが四枚出される。 まず男子部の赤葦くんが引き、もう一人の男子部セッター、そして女子部補欠セッターが引いて余りものをわたしがもらう。 そしてポジションごとにこれを繰り返し、四つのチームに分かれた。

「うわ! Bチーム強すぎんだろ!」
「主将二人とかいじめかよ〜」
「よっしゃ! 木兎、勝つぞ!」

 Bチームには男子部主将・木兎先輩に女子部主将の伊藤さん、男子部レギュラーの人に加えて女子部でいつもレギュラー争いをしている補欠の同輩。 今までくじ引きをした中で一番強いチームらしい。 そうして、皮肉なことに、そんな一番強いチームのセッターになってしまったのが、この中で唯一補欠ですらないわたしというわけだった。

、頼むよ〜!」
「あ、はい」

 うちの主将はすごく優しい人だ。 補欠じゃない部員たちにもたくさん声をかけるし、練習を見てほしいと頼めば付きっ切りで見てくれる。 背が高くてスパイクが強烈で、でも笑うととても可愛らしい人で人懐っこい。 ものすごく優しくていい人なのだ。 だから、きっと、「あ〜セッター別の人が良かった〜」なんて思っていても絶対に言わないんだろう。 まあ、わたしの被害妄想なのだけど。
 じゃんけんをしてはじめにAチーム対Dチームの試合をし、そのあとにBチーム対Cチームの試合をすることになる。 Aチームは男子部の正セッターの赤葦くんがいて、女子部のレギュラーがメンバーの比率としては多いみたいだ。 試合がはじまると先輩たちはきゃっきゃっと楽しそうに野次を飛ばしたり指導を飛ばしたりし合っている。 活気あふれるコートの外、隅っこに座ってじっと赤葦くんを見ていると、なんだかやっぱりどこか遠い場所に思えてならなかった。

「なー」
「は、はい?!」
だよな? 赤葦と一緒のクラスの!」
「え、あ、はい、そうですけど…」
「赤葦と付き合ってんの?」
「えっ?! いや、は、はは、そんなわけ、ないじゃないですか……」
「えー! 絶対付き合ってると思ったのに」

 木兎先輩は「勘が外れた」とつまらなさそうな顔をした。 ばくばくする心臓をおさえつつゆっくり息を吐く。 木兎先輩が「変なこと聞いてごめんな」と謝ってきたので「いえ」と苦笑いを返して、また試合の方に意識を戻す。 ちょうどゲームが止まっていたところだったので、赤葦くんと目がばちっと合ってしまった。 じっとこっち見て赤葦くんはなぜだか不機嫌そうな様子だ。 舌打ちが聞こえてきそうな顔に思わず目をそらしてしまう。
 赤葦くんとは一年生の夏から付き合っているけど、こうやって付き合っていることは内緒にしている。 内緒にしたいと言ったのはわたしで、赤葦くんは「なんで?」「面倒くさい」と最初は言っていたけど、次第にわたしに合わせて隠してくれるようになった。 未だに隠すことにはなぜか不満があるらしく、そういうことを訊かれて「付き合ってない」とわたしが答えるたびにあの不機嫌な顔をしてくるのだ。

「木兎さん、に変なこと吹き込まないでもらえますか」
「うおっ赤葦! 試合に集中しろよ! あと別に何も吹き込んでないし!」
「ものすごく集中してますよ」

 赤葦くんがトスをあげる。 相手チームの男子部三年生から「赤葦のやつ雑談してやがる!」と野次が飛んだが、赤葦くんのトスを思いっきり女子部レギュラーが打ち、きれいにスパイクが決まった。 「お宅のセッターは喋ってても最強ですね〜誰かさんと違って」なんて嫌味を言いながら赤葦くんとハイタッチを交わす。
 いいな、なんて思ってしまう自分がいる。 活き活きしている。 このコートにいる誰もが活き活きしている。 たった一人、わたしだけを除いて。


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