好きにならなきゃよかった、なんてひどいことを考える瞬間がある。

 体育館にシューズがすれる音やボールが跳ねる音、力強くボールを打つ音が響いている。 監督の厳しい指導の声が飛び、気合の入った部員たちの声がそれに応える。 他校との練習試合。 コートの中には先輩たちやレギュラー入りしている同輩たち、そして後輩。 ベンチには控え選手になっている先輩、同輩、後輩。 そして、応援席にはわたしや先輩、同輩、後輩。 コートの中と外。 そのまた外。 一番外側にいるわたしにとって、コートの中はものすごく遠い世界に見えて仕方なかった。 試合は梟谷が有利のまま最終セットまで進んでいる。 ぼんやり眺めるコートの中は、活気で満ちていてすごく「生きている」。 あそこにいたくて小学生からバレーボールを続けてきた。 「生きている」、そんなバレー選手になりたくて。 その結果がそれを見ている第三者なわけなのだけれど。



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 試合はそのまま梟谷の勝利に終わり、主将たちは相手校の選手と楽しそうに談笑している。 クールダウンしている選手たちの横を通ってわたしのような部員がコートの片づけに入る。 ボールのかごを倉庫にしまいに行く途中、試合に出ていた後輩が楽しそうにセッターの先輩と会話をしているのが聞こえた。 いいなあ。 単純な感想を頭の中で述べてはきれいさっぱり片づける。 羨ましがったところでむなしくなるだけ。 むなしくなったらバレーボールが嫌いになってしまう。 何も見なかった、聞かなかった、そんなふりを続ける毎日がいつしか、「死んでいる」ように思えて仕方なくなっていた。



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そっちの試合、どうだった?

 家に帰ってスマホを見ると、そんなメッセージが届いていた。 なんと返そうか、一瞬だけ悩んでしまったけどよく考えれば悩む必要などない。 ただ「勝ったよ」と返せばいいだけだ。 悩む必要なんてないのに悩んでしまうのはなぜなのだろう。 へこみつつ「勝ったよ。そっちは?」と打ち込んで、ベッドに寝転がる。 すぐにスマホから着信音が聞こえて、また画面を見ると「こっちも勝ったよ」というメッセージだった。 それと一緒に男子部の楽しそうな写メが送られていた。 当の本人は写っていないけれど、まあスマホを構えて楽しそうにしているのが目に浮かぶのでよしとする。
 その写メのあとにすぐまた新しいメッセージが送られてくる。 「本当に来ないの?」、それに返信しようとしていた指がとまってしまう。 「来ないの?」というのは、「バレー部合同練習に」という意味が込められている。 梟谷のバレー部は男子部と女子部がたまに合同練習をしたり食事会をしたりしている。 監督同士が仲が良いのと今の主将同士が仲が良いのが合わさって、頻繁に男子部と女子部の交流があるのだ。 大体開催されるのが日曜日なので参加は自由になっている。 レギュラー陣は予定がなければ参加する人が大体で、補欠の人たちも大体参加している。 補欠にすら入らないわたしのような部員は、参加すればミニゲームなどでコートに入れることもあって割と多くが参加しているらしい。 チームのエースとゲームができたり、正セッターのトスが打てたり。 そういうのがいい経験になるからとプラスにとらえている部員が多いらしい。 らしい、というのは、わたしは一度も参加したことがないから伝聞でしか知らないからだ。
 ごろん、とベッドで寝がえりを打つ。 そういえば今日の試合後に練習会の出席がとられていたのだった。 女子部が出席をとった用紙が男子部に回り、男子部の監督がコートの振り分けやチームの振り分けを行ったのだろう。 もちろんわたしは欠席に丸を振った。 そのままを打ってメッセージを送る。 なんだかむなしい。 ……あ、だめなんだった、むなしくないむなしくない。 頭の中でそう呟いてため息をつく。



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「なんで来ないの?」
「おはよう」
「……おはよう」

 赤葦くんは少し苦笑いをしてから鞄を机の横にかける。 そのまま席に座ると「それで、なんで来ないの?」と先ほどの質問をまたぶつけてきた。

「来ればいいのに」
「用事あるからさ」
「この前もその前もそのまた前もだけど?」
「いろいろあるの」

 けらけらと笑って返す。 赤葦くんは不満気な顔をして「そうですか」とそっぽを向いてしまった。
 赤葦くんは男子部二年生の副主将にして正セッターというトンデモ人間だ。 しかも監督、主将双方からの指名だったというのだから余計にすごい。 試合を見ていても赤葦京治という選手が如何にすごいか、恐らくバレーをやっている人間であればすぐに分かる。 選手としても人間としてもとてもできた人なのだ、赤葦くんという人は。 とても、すごい人なんだ。

「次は来なよ」
「なんで?」
「……俺が来てほしいから?」
「……あはは」
「恥ずかしいからちゃんとリアクションしてくれる?」

 すごい人と平凡以下な人。 釣り合ってないなんて、一目見ればよく分かることだ。


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