嘘などなかった。部活に集中したかったのも本当。一番いい選択だと思ったのも本当。別に何も変わらないと思っていたのも本当。嘘などつかなかった。つく必要がなかった。偽ろうと思ったことなんて一つもなかったから。俺は嘘つきなんじゃなくて、ただの卑怯者だった。

「お前、本気で思ってんのか」

 鎌先さんがまっすぐ俺を見る。その拳はぐっと握りしめられていて、ああ下手なこと言ったら殴られるだろうなあ、などとのんきなことを考える。この人の拳は冗談なしに痛い。できるだけ殴られるのは避けたい。

「なんのことですか」
「俺が狙っていいのかって訊いてんだよ」

 流れる汗は気に留めない。鎌先さんはゆっくりと瞬きをしてまるで責めるように俺の目を睨んだ。シンプルな質問だけどいろんな勘繰りが入ったそれに思わず苦笑いがもれてしまう。鎌先さんは拍子抜けしたようにため息をついて「お前なあ」と頭を抱えた。

「まさかそんなに真剣に訊かれると思わなくて」

 体育館の方から「集合だぞー」と先輩の声が響く。片付けやら着替えやらすべて済ませてあとは帰るだけ、のはずなのだが、今日に限って反省会があると言われていたっけ。面倒くさいが仕方ない。「へーい」と返事をすると鎌先さんが視線で俺に待ったをかけた。

「いいわけないじゃないですか」

 案外すんなり出せた言葉に安心していると鎌先さんが俺の背中をばしっと殴る。「くそが」と呟いて俺を置いてさっさと体育館へ歩いて行ってしまう。その背中はいらついてはいたが、湿っぽくないものだった。
 嘘はつかなかった。けれど、その代わりに隠したのだ。それは鎌先さんに見つけられてしまい、思いっきり日の当たるところへ蹴り飛ばされたわけだ。自己中心的だと思う。嘘をついていないから許してくれ、なんて言うつもりはない。許せないと言われるならそれは仕方のないことだと言うつもりだ。簡単にあきらめるつもりは、さらさらないけれど。
 君が好きだから、なんて言ったら許してもらえるだろうか。我ながらひどい男だと思う。そんなの許してもらえるわけがない。フったのは俺だ。フラれたのはだ。理由も何も言わず、どう考えた結果なのかも言わず。なら分かってくれるだろう、なんて馬鹿げたことを思って行動に移したのは、紛れもなく俺だった。何も聞かずに受け入れたを勝手に「分かってくれたんだ」と判断したのは俺だった。すべて俺が悪いのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられるほど傷ついているのだろうか。自分勝手にもほどがある。こんなに自己中心的で自分勝手な俺を、どう思っているんだろう。ぐっと握りしめた拳がほんのり冷えているような気がした。


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