「二口ナイッサー」

 部員たちの声が飛び交う。二口くんはボールを何回か回してじっと前を見つめる。自分が思うようなサーブトスができない。そう言って練習を重ねていた姿を思い出す。何度も何度もサーブを打って、インになったとしても「違うんだよな〜」と頭をかいていた。途中からむしゃくしゃし出して鎌先さんにつっかかっては青根くんに止められてたっけ。そんなことを思い出しているうちに、サーブトスが上がる。

「あ」

 きれいに、あがった。
 思わず声がもれた瞬間、伊達工の得点となった。二口くんは少し固まってから「よし!」と声を上げると、みんなも「ナイッサー!」と嬉しそうに声を上げる。わたしだけじゃない。みんなだって二口くんがサーブトスで悩んでいたのを知っているんだ。ちょっと嬉しくてにやにやする口元をはっとして隠すと隣にいた女川くんに「隠れてない」と笑われてしまった。そんな女川くんの足をこつんと蹴る。「うるさい」と呟いてからまたコートの方に視線を戻すと、二口くんと目が合ってしまった。そのまま逸らすのは感じが悪いし、かといってまだ声をかける勇気がない。悩んでいると二口くんがにかっと笑ってピースを向けてくれた。びっくりして表情が固まる。表情が固まったままピースだけ返しておくと横で女川くんが吹き出してしゃがみ込んで笑い始めた。その横にいた黄金川くんが「女川さん?!」と大きな声を出したところで監督から注意されてしまった。

「もう〜。黄金川くんのせいだよ」
「いやいや! え、女川さんですよね?!」
「いや、だろ」
「なんでわたし!」
「じゃあ二口のせいにしとくわ」

 女川くんはけらけらと笑って「まー安心した」と頭をかく。そんなに気まずそうに見えたんだろうか。それならチームに迷惑をかけてしまったなあ。そう思うと罪悪感がむくむくと顔を出す。「ごめん」と謝ったら女川くんは「俺はいいけど」と含みのある言い方をする。なんと訊こうか悩んでいると女川くんは「いやあとは知らんって意味で」と苦笑いする。

「たぶん誰も気にしてないと思うけど」
「……そっか」
「あえて言うなら滑津には謝っといたら」
「それはもちろん」

 女川くんは少し笑って「いつもみたいに馬鹿笑いしとけばいいんだよ」と呟く。馬鹿とはなにか。少しだけむっとしたけど今は黙っておく。隠したつもりだったけど女川くんはぷっと笑ってから「感情だだもれ」と言う。顔に出やすいのは自分で痛いほど知っている。「知ってますー」と女川くんの脇腹を叩いた瞬間、相手校がタイムをとった。

「タオルどうぞ」
「あ、午後はなのな」
「ああ、はい」
「サンキュー」

 鎌先さんはタオルで額を拭きながらにかっと笑う。タオルを配るわたしの近くで黄金川くんがボトルを配ってくれている。茂庭さんにタオルを渡して残り一枚。二口くん。まだ渡していないのは二口くんだけ、なのだけど。二口くんの姿がどこにもない。あれ、おかしいな。どこにもいないんだけど。そうきょろきょろしていると目の前で汗を拭いている茂庭さんが必死に笑いをこらえていることに気が付いた。

「茂庭さん、なんですか?」
「いっいやなんでも…」
「いやいやなんでもないって顔してないですよね? 顔に何かついてます?」

 茂庭さんはタオルで顔を覆って「もう限界だからさっさとタオル受け取れ!」と笑いながら言う。「は?」とわたしが首をかしげていると突然頭にチョップをくらわされた。背後からの突然の攻撃に「ぎゃっ」と叫んでしまうと舞ちゃんを含めた部員みんなが笑い始めた。なんなの! 頭をさすりながら振り返るとにやにや笑った二口くんが「タオルくださーい」と手を出していた。タイムに入った瞬間からわたしの後ろにずっといたらしい。

「……タオルどーぞ」
「どうも」
「ボトルは黄金川くんが、」
「見た?」
「え?」
「最初のサーブ」

 美しいほどのどや顔である。まさかそんな風に声をかけられるとは思わなかったので「すごかったね」とありきたりなことしか言えない。どうやら二口くんにはそれが不満だったようだけど、どや顔のまま「だろ〜」と呟いて黄金川くんの方へ行ってしまった。


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