午前の練習試合が終わり、相手校さんを見送ったあとに昼食に入る。今日は学食が開いていないということもあって全員がお弁当や買ったものを体育館の隅に広げ始める。わたしは舞ちゃんと二人で少しだけ午後の準備をするために水道の方へ向かう。ジャグタンクの中身が空になってしまったので中を水でさっと流す。その間に舞ちゃんが共用冷蔵庫で冷やしてあったペットボトルの水を持ってきてくれ、それを入れながらスポーツドリンクの粉も入れる。よくかき混ぜてから氷を入れてジャグタンクのふたを閉めて、舞ちゃんに手渡した。舞ちゃんはそれを体育館の中へ持って行き、わたしはその間に記録用のノートがもうなくなることを思い出したので部室に取りに行く。部室棟には知り合いがちらほらいて「お、男バレ」と声をかけられたので「お、サッカー」と返しておく。けらけら笑いつつお互い頑張ろうと声をかける。その後ろから野球部の部員が「傷心は癒えたかー?」なんて茶化してきた。ちょっと顔が引きつったけど「うるさい彼女ナシ男!」と笑えた。
 バレー部の部室に入ると新品のノートをすぐに見つける。一冊手に取って、はあ、とため息がもれた。あまりの暑さに頭がぼうっとしている。熱がこもっている部室の中は少し息苦しい。けれど、体育館に戻る方がわたしには苦しい。暑苦しい空気を肺いっぱいに吸い込んで吐く。よし、戻ろう。そう意を決した瞬間、がちゃりと部室のドアが開いた。

「……何してんの」
「え、あ、ノート、の新品を…」
「ふーん」

 二口くんだった。額の汗を拭いながら「あっちー」と呟いて部室へ入る。二口くんは自分の鞄のチャックを開けながらごそごそと何かを探している。わたしの予想だと、お菓子かな。ちょっと笑いそうになったのをぐっとこらえて「じゃあ」と視線を外して部室のドアノブを握る。

「なあ」
「あ、はい!」
「グミ食べる?」

 あ、当たった。思わず吹き出してしまう。二口くんは不満気に「なんで笑う」と呟いてむくれ面を見せた。二口くんはよく食べているグミの袋から一粒取り出して「ん」とわたしに手渡した。わたしが好きなレモン味だ。それを「ありがとう」と受け取ると二口くんはぶどう味を取り出して口に含んだ。

「今日」
「え?」
「なんで、が相手校の方なの」

 言いづらそうにわたしのことを呼ぶ。二口くんはグミの袋を鞄にしまいながらぽつぽつと呟いた。その横顔は少しだけ陰っている。なんでそんな顔をするんだろう。分かるような分からないような。そんな二口くんの表情が心臓をどきりと突き刺した。

「いっつも滑津が相手の方じゃん」
「……え、えっと、たまには、変えようってなって」
「お前愛想悪いんだから午後はこっちにしとけよ」
「な、なによー!」

 むかっとしてつい前までのノリで言葉を返してしまう。はっとしてももう遅い。馴れ馴れしいとか思われたらどうしよう。そんなさみしいことを考えていると、二口くんはこちらを見て、少しだけ笑った。この顔をしたあと、二口くんはよくわたしの頭に手を置いてくしゃくしゃとしてくれた。けど、もちろんもう今はそれはない。そう思ったらちょっと軽くなった気がした気持ちがまた沈んでいった。





 ドリンクを入れたばかりのジャグタンクを滑津が定位置におく。その横にいるはずのがいないことに気が付いて、飲んでいたスポーツドリンクを一気に飲み干してからジャグタンクの方へ近づく。それに気付いた滑津が「飲む?」と聞いてきたので頷くと、紙コップに適量注いでくれたので受け取っておく。冷たすぎるほど冷えたそれを飲む。それからぼそりと「は」と訊くと、滑津はきょとんとしてから少しだけにやりと笑った。
 たまたまだ。食べようと思って買ったグミを持ってくるのを忘れたから部室に行くだけ。流れる汗を手で払いながら一つ息を吐く。
 こういう風にしようと思っていたわけじゃない。まさかこうなるなんて思っていなかったのだ。円満に別れるんだから俺もも別に今まで通り普通に戻れるに決まってる。そう思っていたんだ。今思えば馬鹿だと思うけど。嫌いになったわけじゃない。好きだ。今も、変わらずに好きなんだ。だからこそ普通に戻れるだろう。そう思っていたのに、実際のところはだからこそ普通に戻れなくなっていたのだ。

「え、あ、ノート、の新品を…」

 なんでそんな顔をするんだ。なんでそんな声で話すんだ。なんで、俺のこと、見てくれないんだ。そんな答えは分かり切っていたのに、どうしようもなくそれが腹立たしかった。我ながら自分勝手、自己中心的。そう笑いかけていたらが笑ったので驚いてしまった。ぶどう味のグミを口に入れるとは渡したレモン味を口に含む。俺がグミを買うと必ず「レモンちょうだい」と手を出していた。だからレモン味を勝手に選んで渡したけど、好きな味が変わっていたらどうしようか。馴れ馴れしいやつだと思われただろうか。そんな不安をかき消すように言葉を探した。


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