「あ、タオルどうぞ」

 練習試合がはじまると、伊達工ベンチと相手校ベンチの間で記録を取ったり相手校さんにボトルを渡したりタオルを渡したりと忙しくなる。第二セットが始まる前の休憩でボトルの補給に行くと、一緒のタイミングで舞ちゃんもいっしょになった。舞ちゃんは少し苦笑いしながら「なんか空気が重くて」と呟く。なんでも鎌先さんと二口くんが一言も口を利いていないというのだ。いつもの二人なら些細なことで小競り合いや口喧嘩を始めるのに。今日に限っては一言も話さない。二人とも他の人とはいつも通り接しているのだというが、二人の間に大きな溝があるかのように話さないらしい。それがどうにもこうにも空気が重く感じてしまうのだという。

「喧嘩でもしてるの?」
「それがよく分からなくて」
「うーん…でも試合にはあんまり響いてなさそうに見えるし、放っておくのがいいんじゃないかなあ」

 舞ちゃんは「やっぱりそうかあ」とため息をつく。二人とも中途半端にお節介を焼いてしまうとこちらに噛みついてくるタイプだし、それが最善だと舞ちゃんだって分かっているのだ。どうにかしたい気持ちはもちろんわたしだってあるけれど。理由が分からないのではどうしようもない。舞ちゃんは顔にかかった前髪を払ってから、なんだか緊張した顔をこちらに向けて「あの」と小さく呟く。

「ん?」
「こんなこと聞いていいか、分からないけど…」
「え、なに?」
ちゃん、まだ二口のこと、好きだよね?」

 内緒話をするように。舞ちゃんはゆっくり言葉を並べたあと、なぜだか後悔したような顔をする。そんなことを訊かれるとは思わなくて固まってしまう。舞ちゃんはわたしと二口くんが付き合うことになったと知ると、とても喜んで応援してくれたのだ。ボトルやタオルを渡すときは必ずわたしに二口くんの分を渡してきたし、帰りもわたしと二口くんが一緒に帰るようにそそくさと一人で帰って行ったり。舞ちゃんのことは茂庭さんや青根くんがちゃんと送ってくれていたみたいだけど。ものすごく応援してくれていたのだ。だから、別れたって報告をしたとき、舞ちゃんは自分のことのように顔を歪ませてくれたんだ。笑っているわたしの代わりに。

「……言わない」
「あ、ご、ごめん、そうだよね、ごめんね、ちゃん」
「言ったら泣いちゃうから言わない」

 舞ちゃんが。そう付け加えようとしたけど、やめておいた。だってたぶんわたしも泣いちゃうから。舞ちゃんはわたしの答えにかっと顔を赤くしてまた顔を歪めた。きゅっと唇を噛んでから堪えながら「うん」とだけ呟いた。
 二人で体育館に戻ると二口くんがこちらに気付いて「滑津、ちょっと」と舞ちゃんを手招きする。舞ちゃんはなんだか気まずそうにちらりとわたしを見た。その背中をぽんぽん叩いて「呼ばれてるよ」と笑ったら、舞ちゃんは大きな瞳をうるうるとさせてから小さく頷いた。舞ちゃんが二口くんの方へ歩き出したのを見てから相手校さんのベンチへ戻る。ボトルを手渡すと全員が礼儀良く頭を下げた。ちょうどそれくらいに第二セットが始まる合図の笛が鳴る。相手校さんも伊達工もタオルやボトルを置いて軽く手首や足首を回してコートに向かっていった。


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