「お、、早えな」
「……おはよーございまーす」
「機嫌悪っ」

 一番に体育館についたので鍵を開けて準備をしようとしたところに鎌先さんが現れた。いつもはギリギリに来るくせに。なんで今日に限ってこんなに早いんですか。
 ひとしきり泣いてわめいたわたしに、鎌先さんは何も言わずに黙って付き合ってくれた。その場に蹲って泣き出したときはさすがに驚いていたけど、それでも背中をさすって隣にいてくれた。何も言わずに、言うとしてもわたしの話に「おう」と相槌を打つだけだった。しばらくして涙が引いたわたしに何事もなかったかのように笑って「おら、帰るぞ」とまた頭をぐしゃぐしゃ撫でてくれた。
 そんな風に優しくしてくれた鎌先さんには感謝するけど、だけど、どうしても、二口くんと比べてしまって、仕方ない。ちがうんだ。わたしが知っているぬくもりと、鎌先さんのそれはちがうんだ。

「……あの、鎌先さん」
「謝んな」
「えっ」
「別に悪いことしたわけじゃねえんだし」
「……でも、その、ご迷惑を」
「迷惑じゃねえから謝んな」
「……ありがとうございます」

 視線を逸らされた。鎌先さん、どうやら、照れていらっしゃる。それがなんだかおもしろくてにやにや笑ってしまう。「照れてます〜?」と茶化して背中を突いたら「照れてねーわ!」と振り払われた。そのやりとりを何度か繰り返して二人で思わず笑う。ネットを付ける準備を始めたところで体育館の扉が開いた。

「ちわーす」
「おう」
「お、おはよう」

 二口くんだった。ネットのポールを鎌先さんと運んでいるのを見るなり、荷物をその辺に置いて「ポール立て変わるからボール出して」とローテンションなまま呟く。「あ、うん」と短く返事をしてその場から走って逃げる。ちらりと盗み見るように見た二口くんの視線は、完全にわたしから外れていた。
 用具庫でボールのかごを引っ張り出す。体育館のいつもの位置に出したくらいににぎやかな声が体育館に響く。どうやら他の人は大体いっしょのタイミングで来たらしい。「おはようございます」と声をかけたら全員が挨拶を返してくれた。その中から舞ちゃんが顔を出して「私タオルとかボトル準備してくるね」と手を振ってくれた。ということは、今日のわたしの仕事は記録とマネージャーがいないらしい練習試合相手へのマネージャー業務、というわけか。舞ちゃんに手を振り返して「オッケー」と言っておく。なんか、気を遣われてるなあ。

「茂庭、相手校さんそろそろ来るぞ」
「あ、本当だ。、いっしょに出迎え頼める?」
「はい」

 茂庭さんのあとにくっついて外に出る。茂庭さんは日程表を見ながら「午後からは〜」とぶつぶつ独り言を呟いている。大変そうだなあ。思っていたことが声に出てしまったようで、茂庭さんに笑われてしまった。





「お前感じ悪すぎ」
「……なんスか急に」

 鎌先さんは茂庭さんたちが出ていくとため息交じりにそう言ってきた。表情はなんだか呆れたようなもので、少しいらっとした。感じ悪すぎもなにも、今まで通りじゃないか。そういう風にしているんだから当たり前だ。部内恋愛なんて面倒くさい。中学のときにそう思っていた自分が心のどこかにいたまでのこと。マネージャーと付き合った。でも、やっぱり、部活に集中したくなってしまった。だから別れを切り出した。俺も向こうも部活は辞めない。だから、付き合う前の関係性に戻した。それだけのことだった。

「露骨に避けんの、見ててしんどいからやめろ」
「……避けてなんか」
「どう見ても避けてんだろうが」

 あいつのこと。鎌先さんは名前を出さないように気を遣っているのか少し考えてそう付け足した。
 別に嫌いになったわけじゃない。別に、嫌なところがあったとか、離れたかったとか、そういうわけじゃない。それでも別れるというのが俺にとって一番いい選択だと思ったのだ。だからそういう道を選んだだけのこと。避ける必要などどこにもない。俺にも向こうにも。

「なんでもいいけど、あんまぎくしゃくすんなよ」
「してないです〜。つーか、鎌先さんよかったじゃないですか」
「は?」
、フリーになったじゃないですか〜狙い時なんじゃないんですか〜?」

 あ、これ怒られるやつだな。のんきに頭でそんなことを考えたが、鎌先さんは俺から視線を外してぐっと拳を握っただけだった。


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