「二口と別れたってマジか?」
「……情報がお早いことで」

 学食で一人ごはんをしているところに鎌先さんに絡まれてしまった。とくにこちらの了解もとらないまま鎌先さんはわたしの隣に腰を下ろす。大盛りのカツ丼とまさかの大盛りのうどんのセットだ。行儀よく手を合わせてからそれを食べ始めると、鎌先さんはまるでわたしが話し出すのを待っているようだった。

「待っても話しませんよ」
「いや、そこは語りだせよ」

 鎌先さんはくしゃくしゃと笑って「でもまあお前がマネージャー辞めなくてよかったわー」と言って一口お茶を飲んだ。流れた汗を乱暴に拭う。鎌先さんはうどんに手を付けながら「で、なんで?」となんとも抽象的な質問を飛ばしてくる。

「けん……二口くんは、やっぱりバレーボールが好きってことです」
「なんだそりゃ」
「いいんですよ。そんなことより部活しっかりやってください」
「言われなくてもしてんだろうが!」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。鎌先さんのこういうところが少し心臓に悪い。ひとしきり笑って「そうか」と一人で頷いてから、「お前と二口、うまくいくと思ったんだけどな」と呟いた。





 進学した高校は男子が多い工業高校だった。一年生のときのクラスに女子はわたしを入れてたったの四人。うち二人は中学からの同級生だったらしくはじめから仲が良かった。二人とも中学のときはテニス部だったのだという。その輪に同じく中学時代にテニス部だったという一人が入っていって仲良し三人組が出来上がった。中学時代はバレーボール部だったわたしは、うまくその輪に入り込むことができず。いまいち高校生活が楽しくないと感じてしまっていた。女子バレーボール部はあったので入部しようか迷っていたけど、なんとなく熱量が自分とちがう気がして入部はしなかった。
 そこにひょっこり現れたのが、二口堅治くんだった。男子バレー部の二口くんはわたしの顔を見るなり「あ、お前×○中のリベロだろ」と思いっきり指をさしてきたのだ。中学が近くて男女ともに何度か練習試合をしていた。 それで二口くんはわたしのことを覚えてたらしい。まあ、わたしは一切覚えていなかったけど。二口くんは「え、バレー部入ってないの?」「なんで?」「結構上手かったじゃん」などと事あるごとに質問してきたものだった。そうして五月。お昼ごはんを食べようとしていたわたしに、二口くんは真面目な顔をして「マネージャー興味ないの」とだけ呟いてきたのだ。そのときは呟いただけにとどまった二口くんだった、けれど、その日の放課後、二口くんは帰ろうとしているわたしの手を引っ張っていった。訳も分からないまま連れていかれた先は体育館で。当時の男子バレー部主将に二口くんは「マネージャーつかまえました」と笑って言いやがったのだ。そうして断れない状況を巧みに作っていき、気付けばバレー部のマネージャーとして正式入部していた。
 思い起こせば、いろんなことがあった。二口くん含めたバレー部一年生全員でファストフードを食べに行ったり。当時から衝突が多かった二口くんと鎌先さんの喧嘩を止めたり。みんなの自主練習に付き合って帰りが遅くなったら二口くんが必ず送ってくれたり。はじめての合宿で右も左も分からないわたしを助けてくれるのは必ず二口くんだったり。合宿の最終日、突然二口くんから、告白されたり。
 ああ、悔しい。思い出のぜんぶに二口くんの顔がある。悔しい。悔しい。悔しい。あの日殺したものが今になってぼろぼろと床に落ちていく。
 ちゃんと決めたはずだった。わたしはいつでも二口くんの味方をしようって。二口くんが休憩すると決めたならばたくさん甘やかそう。二口くんが苛立っていたならばたくさん話を聞こう。二口くんが喜んでいたならばいっしょに喜ぼう。そして、二口くんが部活を頑張ると決めたならばそれを応援しよう。そう決めたはずだった。二口くんのことが好きだからそう心に決めたんだ。
 だから、泣いちゃだめなのに。


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