別れてたったの数日しか経っていないのに、なんだか久しぶりに会ったように思えて悲しかった。 久しぶりに見たように感じたはなんだか強張った表情をしていて。 ああ、何か、思い悩んでいるんだなあ。 そう俺には分かってしまった。 分かっているのだから何か手を貸せることがあれば、なんて思ったけれど、もうそんなことを気軽に言えるような立場じゃなくなってしまったんだなあ。
 の笑った顔が好きだった。 嘘偽りなく、心から楽しいと笑っていて。 ときたま何かに驚いたり困惑したりしてから、俺の顔を見るとちょっとだけ表情が和らぐ瞬間が大好きだった。 いや、なんで過去形なんだよ。 まあ、はい、過去形にしなきゃだめなんだけど。

「松川ってコーヒーに砂糖入れる?」
「……は? 何の話?」
「入れる?」
「入れるときもあるけど……?」
「何個?」
「入れるとしたら一個だけど……え、本当に何?」

 花巻は遠くを見つめて水を飲みながら「あーお前ブラックいけるもんなあ」と呟く。 いや、本当に何の話してるの? 花巻の会話の意図が分からないまま言葉を待つ。 花巻は首を傾げたり頷いたり唸ったり、何か悩んでいるような仕草を見せつつ言葉を探しているようだ。 そうしてようやく結論に至ったのか俺の顔を見た。

「俺、甘党じゃん?」
「まあ、うん?」
「でもコーヒーに砂糖十個入れろって言われたらしんどいんだよ」
「いや、知らないけど」
「そういうことなんだよ」
「は?」

 いや、意味が分からない。 内心そう思いつつも花巻が「松川が甘党なら一発で分かるのになあ」と悩まし気に呟くものだから、ふざけているわけではないのだろうと察する。 いや、それにしても意味が分からなさすぎるだろ。 首を傾げていると花巻は唸りに唸って、「たとえば〜」と歯切れ悪く話し始める。

「チーズインハンバーグのチーズが死ぬほど入ってたら嫌だろ?」
「めちゃくちゃ嬉しいけど?」
「もうやだ俺! いい例えが浮かばねえわ!」

 浮かばなかったらしい。 分かってあげられなくてごめんなさいね。 苦笑いをこぼすと花巻が「お前のせいでこっちは頭悩ませてんだけど?!」とキレてきた。 何かを伝えようとしているのは分かるけど、内容がまったく分からない。 どういう意味で何に関することなのか、何も。 俺もまだまだだなあ。 悩みに悩んでいる花巻に「何関連の話題?」と笑って聞いてみる。 すると、花巻は「のことだけど」とさも当然のように言い放つ。

「……コーヒーの砂糖、チーズインハンバーグのチーズでなんでに繋がるの?」
「だってそういうことなんだって! 察し悪いな?!」
「いや、まったく分からない。 俺が悪いわけじゃないと思うんだけど」

 きっと誰が相手でもこういう反応をすると思うぞ、俺は。 花巻は納得いかないようで「俺は頑張っているほうだ」と言って譲らない。 どこの世界に自分の好きな子と食べ物を突然結び付けられ、何が言いたいのかを理解できる人がいるのだろうか。 もう少しヒントをくれてもいいのに。 花巻自身もなんと伝えればいいのか分からずヒントの出しようがないという感じだ。

「つまりどういうこと? 好きなもの食べすぎるなってこと?」
「なんというかな〜……いくら好きでも限度があるというか?」
「……それがと何の関係が?」
「なんというか、うん、あれだ。 好きでもくどいと嫌になるというか? しんどくなるというか?」
「ちょっと待って、言葉選んで。 なんとなく分かってきてすごく傷ついてる」
「伝わったなら良し」
「一人で満足すんなよ、一人の人間をグサグサ傷付けたんだからな今」

 結構ひどい言葉が飛んできてふつうに驚いた。 くどいと嫌になる。 しんどくなる。 なるほど、花巻が言いたいことが分かってきてしまった。 が俺と別れた理由を探ってくれていたらしい。 それはどうもありがとう。 けど、俺、すごく傷ついています。
 たまに、あ、と思う瞬間はあった。 休み時間、昼休み、部活前のちょっとした時間、たまたま時間があったオフの日。 と一緒にいる時間を増やしたくてそういう時間のほとんどをといることに使っていた。 それは俺が望んでいることだし、まさかしんどいなんて思ったことはない。 楽しかったし、その時間が好きだった。 俺は。 でも、は違うんじゃないかって思う瞬間が日に日に増えたのだ。 たまに変な顔をする。 疲れたような、気を遣うような。 それでも俺は楽しかったし、好きな時間だったからやめられなくて。 それがだめだったのか?

「いや、でも一個忘れんなよ」
「ええ……何が……もう怖い……」
「好きでもしんどいっていうのは、嫌いになったってわけじゃないだろ?」
「……でもしんどいんだろ」
「まあ、あとはと話したほうがいいんじゃね?」

 花巻は「俺はじゃないんで〜」と笑って俺の肩を軽く叩いてから歩いて行ってしまう。 話せていたら苦労なんかしてない。 ……いや、ここ数日ただただ落ち込んでるだけで何の苦労もしてないっけ。 そう思ったら、ちょっとだけ元気が出た自分がいて、驚いた。

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