まっつんの様子が変だなー気持ち悪いなーって気が付いたのはたぶん俺が一番乗り。 だって練習中、たまに一人でにやついたりやけにものすごく調子が良かったりして本当に変だったんだもん。 で、その理由を知って正直ちょっとむかついたよね。 二年生になったばかりのころ、まっつんは一年間片思いした子とめでたく恋人になっていた。 軽〜く好きな子がいる、くらいに話を聞いた記憶はあるけど、変に首を突っ込むのもあれかと思って静観していた。 それが知らない間にちゃんと成就していたとは。 俺がからかってそれを指摘してやると、まっつんめちゃくちゃ焦ってたっけか。
 見た目のせいで大人っぽく見られて、何事にも余裕があるみたいに見られてしまう。 まっつんはよくそう言っている。 でも、みんなに彼女ができたことをからかわれて照れている姿はまさしくただの男子高校生。 たまーにまっつんが大人っぽく見えて悔しかった俺としては、ちょっと笑える光景だった。 他のみんなもそうだったと思う。

「岩ちゃん、本当に何も言ってなかったの?」
「あ? 何がだよ」
「いやまっつんのことだよ。 岩ちゃん記憶失うスピード早くない?」

 殴られたけど平気だよ、もうずっと昔からこんな感じだからね! 岩ちゃんは俺を殴った手を払いながら「何も聞いてねえっつってるだろ」とため息をつく。
 結局、今日一日まっつんはなんとか平常心を保って部活を終えた。 さすがに部活中に私情を持ち込むことはしなかったけど、休憩中はいつもよりひどく口数が少なかった。 俺も花巻も、しばらくはからかうモードだったのだけど、さすがにからかってはいけない雰囲気がすごくて。 ああ、まっつん、本当にのこと好きだったんだな、って俺がなぜだかへこんだりした。
 そうなると理由が気になってしまうのが人間の性なわけで。 一番と関わりの深い岩ちゃん頼りになるというわけだ。

ってあんまりそういう恋バナとかしないの?」
「しねえよ。 俺は部活のことかどうでもいい話しかしてねえ」
「まあ相手が岩ちゃんじゃねえ……」

 はい、また殴られたよ、もちろん大丈夫だけどね!
 岩ちゃんがと仲良くなったのは俺も不思議だ。 って、ボーイッシュなわけでもないしサバサバしている感じでもないし、ふつうの女子って感じなんだよね。 岩ちゃんが仲良くなりやすい女子の傾向って、THE運動部って感じのサバサバ系か女子捨ててる系なんだけど。 ふわっとした女子らしい女子とか、恋愛第一な女子とか、流行りものに敏感な女子とかはたぶんあんまり得意じゃない。 でもってそのどちらでもない、中途半端女子なのだ。 バレー部所属だけどよくいるTHE運動部女子ってわけでもない。 流行りに敏感できゃぴきゃぴした女子ってわけでもない。 本当にふつうの、あまりにもふつうの子。 岩ちゃんが苦手とする理由もなければ仲良くなる理由もない。 まっつんがをそこまで好きになった理由より、俺としては岩ちゃんがどうしてあんなに仲良くなれたのかが疑問だ。

「つーか、どうでもいいだろ、今は」
「ええ……岩ちゃんひどい……まっつんのことも考えてあげてよ……」
「そりゃ松川もへこんでんだろうけど。 だってへこんでんだから、オアイコだろ」
「でもそれまっつんのへこみと理由違うじゃん……」
「違ってちゃだめなのかよ。 にとってはそれと同じくらいのことってだけだろ」

 珍しい、岩ちゃんがこういうジャンルで俺に口で勝っちゃったんですけど。 たしかにそうだ。 岩ちゃんの言う通り。 まっつんがフラれてへこんでいるのと、がレギュラー落ちしそうでへこんでいるの。 種類は違っても、ベクトルが違っても、深度はきっと同じか、もしくは。
 岩ちゃんはぽつぽつと話す。 と岩ちゃんは一年生と三年生の今、同じクラスだ。 と話すときはほとんど決まってバレーの話ばかりしていて、はポジションが違うのに岩ちゃんの話を熱心に聞いているのだとか。 練習の仕方とか試合中の意識の置き方とか。 岩ちゃんもの話を聞いて取り入れることもしばしばあるそうだ。
 岩ちゃんの話を聞いていて分かった。 なるほど、だから岩ちゃんと馬が合うのか。 どうりで仲良くなれるわけだ。

って俺が思ってるよりバレー馬鹿なんだね?」
「あ? 今更だろ」

 なるほど分かりやすい! 俺の反応を見てなのか、岩ちゃんはちょっと呆れたような顔をして「つーか見てりゃ分かんだろ」と言った。 は誰よりも早く体育館へ行き、誰よりも遅く帰るのだ。 休日も体育館が開放されている日は自主練習に来るし、男子部の練習を見ていたり他校のうまい選手を研究していたり。 岩ちゃんがすらすらと話す内容に若干引きつつ、俺も認識を改めることにした。 はふつうの子じゃない。 れっきとした熱血バレー馬鹿だ。 そんじょそこらの女子とは違う。 なるほどなるほど、だからね。 だから恋愛より部活のほうが優先順位が上になるわけね!

「まっつん……かわいそうに……」

 あんなに必死だったのになあ。 付き合い始めてからというもの、まっつんは目まぐるしい努力をしていた。 部活を疎かにするわけはなく。 自主練が減るわけでもなく。 結構まめに連絡したりとか、休み時間とかそういう隙間時間はほとんどに使ってたっけ。 たしかに部活は俺たち運動部員にとっては大事だ。 俺なんて主将だしね! 恋愛のほうが大事なんて言ったら八つ裂きにされるし、そんなこと微塵にも思ったことはない。 もちろん彼女がいたら彼女のことも大事にするけどね。 でも、どうしても同じように大事にはできない。 それははもちろん、まっつんも同じことだったと思う。 ただちょっとまっつんのほうが器用だったってだけの話だと思うけどなあ、俺は。 でも、フッちゃうのはちょっと、うん、気になるなあ。

ってクソ真面目だからどっちもって欲張れねえんじゃねえの」
「……俺は今感動しているよ、岩ちゃん」
「は? 何にだよ」
「岩ちゃんがものすごく冷静に分析できてることに」

 はいはい、本日三発目だけどまったく問題ないよ! それにしてもちょっとびっくりしちゃったよ及川さん! あの岩ちゃんが! バレー以外基本的に興味皆無の岩ちゃんが! なかなか冷静な分析してるんだけど! おばちゃんお宅の一くん成長してるよ!
 おばちゃんへの報告はまた今度にすることにして、たぶん岩ちゃんの言うことは当たっていると思う。 岩ちゃんから聞いた話から考えるとそういうことなんだろう。 なるほど、なるほど、そういうわけか。 まっつんとの絶対的器用さレベルの差が生んだ悲劇なのか。 まっつんの場合、部活にも勉強にも手を抜かず、加えてという要素を同時進行するだけの器用さがある。 すべてに手を抜かず、本気できっちりやるんだから余計にすごいんだよね、たぶん。 でもの場合、何か一つに集中しないと本気でやれないのだろう。 それを不器用と言ってしまうとちょっとかわいそうな気がするけど、きっとそういうことだ。 の中で今一番大事なのが部活だと認識されてしまったのだろう。 まっつんはかわいそうだけど、だって必死だ。 高校三年で迎えたレギュラー争い。 そんなの必死になるに決まってる。 これは、うん。

「どっちの肩も持ってあげたくなるなあ」
「お前さっきから何言ってんだ」

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