参ノ型 聚蚊成雷
 は俺のあとにじいちゃんが連れて来た子だった。剣士にするつもりだったのかそうじゃなかったのかを聞いたことはないけど、が急に「わたしも鬼殺隊に入る」と言い出して修行するようになった。最初俺は「女の子なんだからそんなことしなくてもいいじゃん」と言ったけど、それを聞いたはめちゃくちゃ怒ってたよなあ。
 はとにかく覚えが早かった。覚えるスピードだけで言えば、じいちゃん曰く獪岳よりも、今まで見て来た子の中でもかなり速かったそうだ。真面目で言われたことは確実にやるし、言われていないことも毎日毎日何度も繰り返した。自分が納得するまで諦めずに。俺のことを嫌っていた獪岳ものことはちょっと感心していたみたいで、たまに声をかけている姿を見たっけなあ。雷の呼吸の型の全部を覚えたは、じいちゃんにいつも褒められて嬉しそうに笑っていたのを覚えている。
 でも、力がなかったから、雷の呼吸と相性がいいわけじゃなかった。技の速度は申し分なかったけど一人で鬼の首を落とせるかと聞かれると、じいちゃんも少し黙ってしまっていた。獪岳もに一度「別に鬼殺隊に入らなくてもいいだろ」と声をかけていたほどだ。はそのたびに悔しそうに唇を噛んで、ぐっと押し黙っていて。その姿を見て俺は、かわいそう、なんて思ってしまった。
 俺が鬼殺隊に入って少ししてからが最終選別を生き抜いたことを知った。嬉しかった。あれだけ努力していたのだから当然だとさえ思った。けど、それよりも、つらかった。
 はなんとか鬼を退治していきながら任務をこなしていっていたけど何度も死にかける。やっぱり力のないは鬼の首を一人では落とせない。誰かと一緒の任務であればが隙を作って誰かが首を斬る。そうして任務をこなしていたようだけど、一人での任務では苦戦していた。その窮地に遭遇して何度唇を噛んだことか。それでもは鬼殺隊を辞めなかったし、泣きつくこともしなかった。ただただ必死で修行して、ただただ必死に鬼を斬る。そんなが心配で、俺はよく任務にくっ付いていったよなあ。
 が死んだのは、紛れもなく俺のせいだった。煙溺という鬼に対峙したとき、相手の血鬼術をすぐに見抜けなかった。音で何か不穏な気配を拾っていたのに、ちゃんと見抜けないまま刀を抜いてしまったんだ。そんな俺を庇ってが鬼に飛び掛かり、血鬼術をもろに受けた。煙溺が出す煙を肺いっぱいに吸ったはすぐに体が灰のように崩れ始めたけど、そんなことを気にも留めずに俺に叫んだんだ。「どうせこのまま死ぬ! わたしの首を落として!」と。煙溺の本体は、煙となり吸い込んだ人間に同化するようになっていたのだ。それを見抜いたは躊躇なくそう叫んだんだ。煙溺が自分から出て行かないように必死に呼吸を押さえて肺に閉じこめるは苦しそうに顔を歪めていた。そのうちに、煙溺がから無理やり出て行こうと煙での体に穴をあけ始める。「早く!!」と叫んだの口から煙がどろりと出てきた瞬間、きつく、きつく唇を噛んで、刀を抜いた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「……思い出すな、思い出さなくていい、思い出さないほうがいいんだ」

 天井に向かって一人で呟く。そう呟いても、忘れることはできない。あのときだけだ。あのときだけ、俺は、鬼じゃない、人間を斬った。の首を斬ったのは紛れもなく俺だった。煙溺はそのまま朽ち果てて消えた、はずだ。それと一緒に、俺が恐る恐る握ったの手も、灰になって崩れていった。……思い出すな、忘れろ、忘れるんだ。何度言い聞かせても俺の頭は、手は、呼吸は、あのときのことを忘れてはくれなかった。
 のことが好きだった。家族として、人として、女の子として。じいちゃんに怒られて泣き喚く俺をいつも励ましてくれて、獪岳と仲良くできなくて落ち込んでいる俺のそばにいつもいてくれて。本当の家族だったし、本当に心から愛していた。絶対にが悲しい思いをしないように俺も頑張ろう、って、俺、思っていたのになあ。
 こんなの思い出したくなかった。腕についているミサンガを取って床に叩き付ける。こんなの、思い出したくなんかなかった。このままじいちゃんと獪岳と、三人で何も思い出さないまま平和に穏やかに幸せに過ごせて行けるだけでよかったんだ。もいてほしいなんて、そんな贅沢、言わないのに。
 花、好きだったよな、あのときから。道端に咲いていた花を持って帰ってあげたら喜んでくれた。それからいつも花を見つけたらに持って帰るようにしていた。生花店の娘、か。きっと幸せだろう。大好きな、道端に咲いてるような花じゃなくて立派な花に囲まれて、優しい両親に愛されて、気に食わないけど伊之助という幼なじみがいて。絶対幸せだ、あのときよりも。だから忘れよう。俺が殺したはもういない。そう思おう。そう思わないと、壊れてしまう。幸せも、俺も。
 ぎゅっと瞑った目から涙がこぼれる。泣きたいのは俺じゃなくて俺にいろんなものを壊されたや獪岳やじいちゃんなのに。俺って本当、だめなやつだなあ。生まれ変わってもだめなやつとか嘘すぎでしょ。
 夜が明けていく。静かに赤く染まる空をぼけっと眺めていると、自然と頭に思い浮かんでしまう。の笑顔。俺、大好きだったんだ。屈託なく誰にでも優しくて、どこも汚れていなくて、ただただまっすぐで。ひたむきな心が大好きだったんだ。優しくしてくれるからとかかわいいからとかじゃなくて。好きだったんだよなあ。ぼろぼろと涙が流れる。あー、情けない。手で涙を乱暴に拭く。今日の朝食当番は俺だ。もう起きて作らないと獪岳に怒られる。重たい体を無理やり起こして、部屋を出ようとして「ああ、まずい」と呟いてからさっき床に叩き付けたミサンガを拾い上げる。これ、なくすと本部の人怖いんだよなあ。ため息をつきながら腕につけておく。生まれ変わるなら鬼のいない時代が良かった。そんなどうしようもないことを考えてしまう自分がやっぱり情けなくて、ぐっと拳を握った。さっき切れたばかりの傷口が開く。痛い。でも、こんな痛みなんてことない。なんてことはないんだ。
 早起きのじいちゃんはすでにリビングにいて、新聞を読んでいた。その姿にほっとする。両足がある。顔が強張っていない。ぱっと顔を上げると穏やかな表情で「もう起きたのか」と声を掛けられる。「うん」と返すとじいちゃんは立ち上がって「手伝ってやろう」と袖をまくった。今日は何にしようかな。料理なんて得意じゃないからいつもトーストにしてしまうんだ、俺。獪岳がいつもそれに文句を言う。自分だってたまにフレークのときあるくせにさ。

「味噌汁でも作るかあ」
「それなら儂は魚でも焼いてやろう」
「えっ本当? やった!」

 鍋を出しながらそう喜んでいると階段を降りてくる音。げっ、いつももっと遅いくせに、なんだよ今日に限って! リビングに入って来ると「じいちゃん、はよ」とじいちゃんにだけ挨拶した。「ちょっとぉ! 俺もいるんですけど!! おはよう!!」と声をかけると鼻で笑われた。おい!! じいちゃんがそれを呆れたように笑いつつ「これ、朝からやめんか」と緩く俺と獪岳を小突く。ああ、幸せだなあ。泣きたくなるくらい。

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