審神者たちがササキとの合流地点に到着したのは午後四時五十分だった。十分前にも関わらず自動販売機の側面に立っている明石国行とササキの姿をすぐ見つけた。あちらも山姥切長義と審神者に気が付くと、小さく頭を下げた。
 歩きながらできるだけ人気が多く、あまり会話を集中して聞かれない場所へ向かう。どうやら商業施設の中へ入ろうと考えているようだ。人が多くいる場所でステルス機能は最大の効力を発揮する。開けた場所より狭い場所へ入ってしまったほうが良いとの考えは、鶯丸とトウジョウと通ずるものがあった。現世任務においては常識らしい。山姥切長義は今後も任務があることを見据え頭に入れておくことにした。
 商業施設に入ってすぐ、入口近くに置かれている椅子に腰を下ろす。山姥切長義と明石国行は辺りを見渡したいとのことで座らなかった。ササキは座ってすぐに「これを」と言って自分の通信機器を見せる。そこには過去の音声通話のデータのログが表示されており、ササキがそのうちの一つをタップすると、ザザッとノイズが聴こえはじめた。

――……ぎら、れ……うらぎ、られた……!

 そこで記録が途絶える。ササキは「行動を共にしていた審神者との、最期の音声通話記録です」と呟く。ササキは任務についてすぐ、燭台切光忠を連れた審神者と合流したそうだ。合流して以来、拠点が近く元々知り合いだったため行動を共にしていたのだという。その審神者はすでに死亡、同行者も刀剣破壊に遭っており、その死ぬ直前の音声通話が先ほどのデータだというのだ。
 ノイズで聞こえづらいが確実に「裏切られた」と言っている。審神者にも山姥切長義にもそれは聞こえたし、その声の感じからして切迫した状況であったことはよく分かった。

「彼女はこの通話をしてくる直前、山姥切国広とジンノに合流しているはずです。そう言っていましたから」
「……だから山姥切国広とその審神者、協力者と思われる三日月宗近とその審神者が怪しい、というわけか」
「はい。山姥切国広とジンノは手当たり次第合流をしているくせに位置データは交換していません。恐らく合流した際に何か通信機器に細工をし、三日月宗近たちが審神者の殺害ならびに刀剣破壊をしているのでは、と」
「まあ、不可能ではない。通信機器は霊力という不確定要素の多い力で動いているし、数多く合流しているのに一切位置データを交換していないのは不自然であることに間違いはない」
「でしょう?! 絶対にあいつらが、」
「だが、あまりに憶測の域が広い。今の話から分かるのは死亡した審神者は直前に山姥切国広と合流していた、という点と間者がいることだけだし、信用するには情報が少なすぎる。それに位置データの交換をしていないのなら相手の通信機器に触れる機会はそうそうない。細工するのはかなり難しい状況だ」

 ササキが分かりやすく山姥切長義を睨み付ける。明石国行も緩やかに「憶測で物言うな、と」と笑う。山姥切長義はその言葉に「失礼。失言だった」と訂正を入れるが、ササキはすぐに山姥切長義から目を逸らすと「自分の写しだから庇いたい気持ちは分からなくはないです」と言う。明らかに敵意が含まれている。山姥切長義はその言葉にかすかに笑みを浮かべつつ「身内贔屓はしない質でね」と返したが、これ以上話しても場を乱すと判断して黙ることにしたらしかった。

「……まあ、監査官殿が言うように、ただの憶測なんですわ。特別証拠いうもんがあるわけでもないですし。山姥切国広が位置データを交換しないのは単純に裏切り者の存在を警戒しているから、とも取れるやろし?」
「ちなみに、太鼓鐘貞宗とその審神者はどんな方でした?」
「……審神者歴も断トツで長く、能力のある方です。物腰が柔らかくて知識が深くて。昔は政府で職員として働いていたそうですが、霊力の強さを買われて審神者になったそうです。当時はまだ審神者の数が少なかったですから」

 太鼓鐘貞宗とその審神者のフジミネ。彼らはササキと同じ時期に任務に就き、ここまであまり派手な動きをしないようにしつつも確実に時間遡行軍を倒してきているそうだ。
 ちなみに、政府職員として働いている者が審神者になるパターンはそれなりにある。特に珍しいことではない。審神者はササキの話を総括して「一度フジミネさんに合流してみたほうがいいかもしれませんね」と呟く。ササキは「長く任務に就いていますし、必ず情報はお持ちのはずですよ」と答えた。
 ササキは山姥切長義の発言が想像以上に不快だったのか、山姥切長義の顔は一切見ずに審神者とだけ会話をして、一時間ほどで解散となった。先に商業施設から出て行くササキを見送ってから、山姥切長義は一つ息をつく。審神者に「申し訳ない、失言だった」と言うが審神者は「わたしは長義に賛成だから大丈夫」と苦笑いを返した。
 同行者が刀剣破壊に遭い、行動を共にしていた知り合いが死亡。そんなササキに対して配慮のない言い方だった、と山姥切長義は静かに反省をする。人間の感情のことはそれなりに理解していたつもりだったが、後回しにしてしまいがちなのかもしれない、と。ただ、山姥切長義の失言を取り除いてもササキは少々感情的な印象だった。ただ、その感情的な面はこれまでその考えならびに悲しみを、打ち明けられる相手がいなかったことによる暴走、というふうに審神者には映っていた。他の審神者たちを疑っていたためのものだったのだろう。信用できる相手がおらず、自分の位置データは間者に知られ、いつ急襲を受けてもおかしくない。そんな状況に明石国行と放り投げられていたのだ。ストレスを感じて感情的になっても仕方がない状況だ。

「明日は太鼓鐘貞宗とその審神者に合流してみようか」
「いや、山姥切国広とその審神者にしよう」
「で、でも……」
「会わなくていいんだ。通話だけでいい。山姥切国広たちが怪しいという情報にこれ以上進展はないだろうし、それであれば本人に少しでも話を聞くのが一番分かりやすい」
「……分かった。拠点に戻る前に済ませようか」

 山姥切長義は通信機器を操作して、山姥切国広の通信機器にメッセージを送る。返信を待つ間、鶯丸とトウジョウの位置データを確認すると、動かなくなっていた。どうやら置いていく場所を決めたらしい。もう通信機器なしで行動しているのだろう。審神者に通信機器の画面を見せると「東京都庁、ね。覚えた」と言った。山姥切長義は通信機器の画面を消して審神者の隣に腰を下ろす。
 ほどなくして通信機器がメッセージを受信した。開いてみれば山姥切国広からの返信で「映像通話を希望する」との返答だった。審神者に了解を得てから山姥切長義が映像モードにして通話を開始すると、山姥切国広とその審神者であるジンノらしき男性の姿が映し出された。

『お、はじめて見た、山姥切長義。どうも、こちら山城国第○番本丸のジンノです』
『同行者ならびに近侍の山姥切国広だ』

 二人は暗い場所にいるようだった。部屋なのかトンネルの中なのか、通信機器の映像だけでは判断が付かない。ただ、思っていたよりジンノが若く明るそうな人物だったことに審神者は少し驚いた。およそ裏切り者とは思えない、第一印象は快活な若者というものだった。
 審神者と山姥切長義が名乗ると、山姥切国広とジンノがじっと画面を見ているのがよく分かった。二人が不思議に思っているとジンノが朗らかに笑って「お前の本歌めちゃくちゃ賢そうだな!」と山姥切国広の背中をばしばし叩く。山姥切国広は恥ずかしそうに「うるさい、笑うな」と恥ずかしそうに布を被り直しつつもじっと、恐らく山姥切長義を見ていた。そんな様子に呆気に取られていたが、山姥切長義が一つ咳払いをしてから話し始める。

「単刀直入に問う。君たちはなぜ多くの審神者と合流しながら位置データの交換をしていない?」
『それに答える前に教えてほしい。太鼓鐘には合流したか?』
「……していないが?」
『なら教える。位置データの交換をした相手がハッキングされているリスクがあるからだ。連絡を取り合うたびに盗聴されたらたまらないし、位置データが割れている相手ならなおさら。合流するたびにこっちもリスクを負うから、気軽に近付かれたら困るしな』

 山姥切長義がなぜ太鼓鐘貞宗と合流していなければ教えるのか、と聞こうとしたが、その前に山姥切国広が「思い出してほしい」と言った。思い出す、とは。審神者も山姥切長義も首を傾げるが、ジンノが「折れた刀剣男士たちを、な」と付け足すと記憶を辿ることに集中しはじめる。
 これまで山姥切長義たちが知っている折れた刀剣男士は、薬研藤四郎、宗三左文字。話に聞いたのは燭台切光忠が二振、大倶利伽羅、亀甲貞宗、愛染国俊。思い出してみたが、だから何だ、と山姥切長義が表情で問う。するとジンノは少し申し訳なさそうに「そうか、まだ来て二、三日だったな。そりゃあ情報が少ないわけだ」と侘びた。

『俺たちが知っている刀剣破壊は燭台切光忠が八振、大倶利伽羅と鶴丸国永がそれぞれ三振。たちが知っている薬研藤四郎、宗三左文字、愛染国俊、そして亀甲貞宗。その他に物吉貞宗も刀剣破壊に遭っている』
「燭台切光忠が八振も……?!」
「……やけに太鼓鐘貞宗に近しい刀剣男士が多いな」
『そうだろ? 疑わない理由がないだろ、太鼓鐘貞宗』
「しかし何のために? もし間者だったとしても近しい刀剣男士を排除する理由が見えてこないが」

 ジンノは薄く笑いながら「そこなんだよ」と指差してくる。山姥切国広が「やめろ」と注意するとさっと手を下げた。表情は変わらないまま「そこが知りたくていろいろ嗅ぎまわってるんだよ、俺と国広は」と言う。
 山姥切長義が三日月宗近のことを問うと、あっさり「協力関係である」と明かした。言うならば山姥切国広は実動部隊で三日月宗近は頭脳としてとにかく敵に見つからず、姿を明かさないという約束で行動を共にしているとのことだった。三日月宗近は山姥切国広以外と合流しておらず、山姥切国広も位置データの交換は誰ともしていない徹底さだ。三日月宗近とその審神者に会うためには、山姥切国広と行動を共にし続ける必要がある。行動を共にしたところで合流してくれるかは三日月宗近の審神者の考え次第、とのことだった。

「三日月宗近はなぜ他の審神者と合流していなかったんだ? 一番任務に就いて長いだろうに」
『正確に言うと、愛染、ああ今は明石だったな、そこと太鼓鐘と合流はしていたんだよ』
「なぜ合流していないと?」
『異常事態に気が付いてすぐに通信機器を破壊したんだよ。で、政府には時間遡行軍に壊されたって俺から連絡を取らせて新しい端末を手に入れたってわけ。そこから俺以外の審神者とは音声通話自体してないよ』
「君が彼に信用されているのは?」
『弟子だからな、俺』

 三日月宗近の審神者は、ジンノが審神者研修で彼の本丸を訪れた際からの仲だという。同じ任務に就くたび手を組んでいるとのことだった。そこまでを聞いて山姥切長義は「ずいぶんな師匠じゃないか」と薄く笑う。自分は隠れて動かず、弟子に危険と分かっていながら動き回らせる。それをいかがなものか、と山姥切長義は思ったらしい。するとジンノは大笑いしながら「仕方ないって、あの人めちゃくちゃ弱いもん」と言い放った。

『あの人が任務に選出されてる理由は二つだけ。一つ目は霊力が格段に強いこと、二つ目はとにかく頭が切れるところ。前の任務でもあの人が作戦立てて他の審神者で協力したらすぐ終わったんだぜ。腕っぷしはないけど頭は本物だよ』
「審神者が弱くても刀剣男士は強いのでは?」
『まあそうかもな。けど、現世任務は常に一緒に行動だろ? 審神者が極端に弱いと刀剣男士を折ることに繋がるしな』
『その点うちの主は刀で刺したくらいでは死なないぞ』
『いや、さすがに死ぬわ』

 ジンノは心底おかしそうに笑う。審神者は一連の流れを見ていて、ジンノを第一印象そのままに明るく快活な若者であると結論付けた。嘘をつけるようには見えないし、腕や首周りにかすかな刀傷がある。これまでの戦闘でついたものに違いない。それに危険を冒してまで、彼はアラキに姿くらましの術札を渡しに行ったのだ。それだけで審神者にとって彼は信用できる存在だった。
 ただ、一つ問題が残る。ササキの話だ。ササキが行動を共にしていた審神者の死の直前、ジンノが会っていたのは本当なのか。それを確かめるために音声通話しているといっても過言ではない。山姥切長義もそれはもちろん承知しており、「もう一つ」と笑いこけているジンノに問いかける。

「明石国行の審神者が行動を共にしていた審神者と、合流をしていたと聞いている」
『マツモトか。そのことでササキには相当疑われてて参ってる。あの人は知らないみたいだけど、俺がマツモトと合流する数時間前に太鼓鐘たちとも合流してるのに、直前だったからって俺のことばっかり疑ってくるんだよな』
「合流してどれくらいでマツモトさんは……?」
『俺と解散して五分後だよ。助けに入ろうとしたけどそのときにはもうバスに乗ってたんだ。一つ先のバス停で降りて走ったけど、間に合わなかった』

 そのときの状況を詳しく説明しはじめる。マツモトという審神者は燭台切光忠を同行者として連れていた。任務期間はササキと全く同じで、ジンノより少し早かったという。マツモトのほうから合流を持ちかけられ、三日月宗近の審神者に許可を取った上で合流したといった。落ち合ったのは善福寺公園の入口。軽く情報交換をし、位置データはお互い交換せずに解散したのだという。ジンノたちは拠点に戻るために最寄りのバス停からバスに乗り込み、発進したところで山姥切国広が異変に気が付いた。時間遡行軍の気配が突然強まった、と。バスの運転手に停めるように頼んだがそれなりに進んでいたバスは当然停まることはなく、一つ先のバス停でしか降りられなかった。走って戻ったときにはもう、公園内の木の生い茂った奥で息絶えていたという。同行者であった燭台切光忠の姿はなく、緊急退去した後もなく本丸システムにも戻っていないため、恐らく刀剣破壊に遭ったのだろうとジンノは言った。

『恐らくマツモトはすでに目を付けられていて、俺たちが離れたタイミングで狙われたんだろう』
「君たち諸共、と考えるのがふつうなのでは?」
『もしそうだったら返り討ちにしてやったのに。たぶん向こうは俺のことを知ってるやつだろうな』
「と、いうと?」
『主は現世任務に就く審神者のほとんどが知っている、とにかく腕っぷしの強い審神者だからな』
「……う、腕っぷしがとにかく強い、審神者、ですか……」
『この前グーパンで脇差の野郎やってやったときは燃えたな』
『あれは燃えたが二度とやってくれるな。死んだかと思った』

 楽し気に語る二人をよそに、審神者と山姥切長義は分かりやすく引いていた。霊力が強くて術に長けている、のであればまだ分かるのだが、ただ腕っぷしが強いだけで有名な審神者など聞いたことがない。命がいくつあっても足りないだろう。山姥切長義は純粋に、自分の本丸ではないにしても己の写しである山姥切国広がとんでもない苦労をしているだろうに、どこか誇らしげにそれを話すことにただただ引いた。
 そんな山姥切国広とジンノの愉快な話は置いておき、審神者が明日合流できないか、と頼めば軽く了解の返事があった。そのまま通話を終えると、山姥切長義は頭を抱える。「変なやつだった」と呟くと、審神者も思わず笑ってしまうのだった。

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美濃国第〇番本丸 同行:三日月宗近
(備考:エノモト/三十代男性)
大和国第〇番本丸 同行:明石国行
(備考:ササキ/二十代女性)
備前国第〇番本丸 同行:太鼓鐘貞宗
(備考:フジミネ/六十代男性)
山城国第〇番本丸 同行:山姥切国広
(備考:ジンノ/二十代男性)
加賀国第〇番本丸 同行:鶯丸
(備考:トウジョウ/四十代男性)
豊後国第〇番本丸 同行:加州清光
(備考:ハシクラ/二十代男性)
石見国第〇番本丸 同行:篭手切江
(備考:サクライ/二十代男性)
周防国第〇番本丸 同行:鶴丸国永
(備考:アラキ/三十代女性)
〇〇国第〇番本丸 同行:山姥切長義
(備考:/○代女性)
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