審神者と山姥切長義が拠点に戻ったのは午後三時を回ったころだった。玄関を開けて中へ入ると山姥切長義はすぐに通信機器の確認をする。そうしてぼそりと「まだ動いている」と呟いた。恐らく鶯丸とトウジョウの位置データを確認しているのだろう。審神者も通信機器を覗き込むと、確かに位置データが移動していくのが分かる。速さからして恐らく電車に乗っているらしい。東京駅から西へ動いていく。恐らく新宿方面へ向かっているのだろうと審神者が言う。山姥切長義はもちろん新宿などという地名を知っているわけはない。ただその言葉を頭に入れただけで何も言及はしなかった。トウジョウたちの拠点は新宿方面にあるのだろう。審神者は自分の拠点から少し離れていることに焦りを覚えた。何かあってもこれではすぐには駆け付けられない。かといって自分たちも拠点から離れすぎると厄介である。どうしようもできず、審神者は黙り込むだけだった。
 山姥切長義は刀が入った図面ケースを置きつつ「明石国行とその審神者に連絡を取っておく」と言って通信機器を操作し始める。鶯丸から助言された通り、明石国行とその審神者の情報を入手することが現時点で最も優先される事項だろう。
 なぜ三日月宗近と山姥切国広を疑っているのか。なぜ協力者同士である審神者たちを信用できないのか。その二点は良くない者≠見つけ出す重要情報かもしれない。山姥切長義はともかくできるだけ情報を手に入れて解決の糸口を見つけたかった。長くいれば自分たちも来たばかりの刀剣男士と審神者≠ニいうアドバンテージを失ってしまうからだ。派遣されたばかりの二人はほとんど何の疑いもかけられない。長くいる審神者たちから見て、山姥切長義と審神者が最も信頼できる存在であるだろう間にさっさと情報を仕入れる必要がある。
 山姥切長義が明石国行とその審神者にメッセージを送ると、ほんの数分で返信があった。審神者が淹れたお茶を山姥切長義に渡しつつ覗き込むと「直接会って話したい」と願ってもない申し出がされている。すぐさま山姥切長義が映像モードに切り替えると、あちらもそれを待っていたように会釈した。

『こちら大和国第〇番本丸、ササキと申します。連絡くださりありがとうございます』
「〇〇国第〇番本丸です」
『早速ですが今すぐにでも会えますか?』

 審神者は少しだけ不信感を覚える。あまりに焦りすぎている。それは切迫した状況だからなのか、それとも誘い出そうとしているからなのか。情報があまりにもない審神者と山姥切長義にとっては判断が付きにくい不信感だ。
 審神者であるササキが焦りを感じさせる話し方をする中、「同行の明石国行です」とのんびりした声が聞こえてきた。明石国行は一つ息をついてから「主はん、あちらさんにも段取りいうんがあるんやで急かさんの」と呟く。ササキは静かに深呼吸をして、「申し訳ありません」と落ち着いた声で話し始めた。
 ササキは一ヶ月前にこの任務に選出され、愛染国俊を同行者として現世へやってきたという。宗三左文字から聞いた通りの話だった。愛染国俊が刀剣破壊に遭ったのはつい一週間前のことだという。

『この現世任務においてはじめて刀剣破壊が起こったのが三週間前からです。それまでは刀剣破壊も審神者の死亡もありませんでした。突然頻発しはじめたんです』

 ササキは早口で話した。はじめて刀剣破壊にあったのは、すでに死亡した審神者が連れていた燭台切光忠だったという。その審神者は三日月宗近を連れている審神者と行動を共にすることが多かったそうだ。燭台切光忠が折れ、別の刀剣男士を同行者として再顕現させたもののその審神者は死亡した。審神者の死亡もそれがはじめてだったそうだ。そこから刀剣破壊、審神者の死亡は珍しいものではなくなっていき、現在の状況に陥ったとのことだった。
 ササキは三日月宗近と山姥切国広、その双方の審神者を疑うに至った理由は直接会って話したいと言った。山姥切長義がその理由を問うと、少し黙ってから彼女は「通信機器が」と呟く。それに審神者が首を傾げたのを見た明石国行が「あー、自分らの考えやと思うて聞いたってください」と付け加える。

『盗聴されとんのとちゃうかと思っとるんですわ。せやから今こうして話しとるのも、自分らとしては良く思うてないといいますか』
『位置データを何らかの形で時間遡行軍が手に入れるためには通信機器をハッキング、もしくは通信機器を持つ者か操作できる者の協力が絶対的条件です。それができるのは任務に参加している者か政府の人間。時間遡行軍が現代にいながら容易に政府とコンタクトを取れるわけがないので、恐らくは審神者側ではないか、と考えています』

 ササキが早口で話すのは、とにかく早く今の状況を山姥切長義たちに理解してもらい、すぐに合流するためのようだった。その様子からしてササキもトウジョウ同様、すでに位置データが流出しているらしい。審神者がそれを遠回しに問えば明石国行が「ま、そういうことですわ」とけらけら笑った。かなり軽薄そうに見えるが、その声に一切の明るさはない。ササキは最初の同行者であった愛染国俊が刀剣破壊に遭っている。明石国行は同じ刀派であり、審神者の本丸では保護者のような顔で愛染国俊、そして蛍丸を見ていることが多い。ササキの明石国行も恐らく例外ではないはず。その軽く笑う表情の裏に一体何を隠しているのか。審神者にはそれが透けて見えるようで、何も言えなかった。

『太鼓鐘貞宗、山姥切国広、鶯丸、加州清光、薬研藤四郎。我々が合流したのは以上の刀剣男士とその審神者です』
「間者がいるなら薬研藤四郎とその審神者を除くその中、と考えてるわけか」
『断言はできませんが、恐らく。断言できない理由としては、審神者を殺害してすぐ通信機器のデータを抜いて回っている可能性があります。通信機器は審神者の霊力を失った瞬間動かなくなるので可能性は低いと思いますが……』
「霊力という不確定なもので動いているものだ。なんとも言えないところだね」

 審神者がササキと会話を続けていく中、山姥切長義は黙り込んでこれまでの情報を整理する。
 これまで山姥切長義たちが合流した者たちが合流したと言っていた審神者を思い出す。薬研藤四郎、宗三左文字、鶴丸国永。その三組はいずれも山姥切国広、太鼓鐘貞宗と合流している。位置データが流出している可能性が高い鶯丸から合流した審神者を聞かなかったことを悔やみつつ、通話している明石国行たちも山姥切国広、太鼓鐘貞宗と合流している。その次に合流している数が多いのが鶯丸だが、審神者が足に負傷をしているだけでなく初期同行者が刀剣破壊しているため、間者である可能性は低い。

『情報を提供したいです。直接お話しできませんか』
「分かりました。場所はどうしましょうか」

 審神者がササキに問うと、ササキが黙った。盗聴されている可能性があるため、口で説明しないつもりなのだろう。少し俯いて何かを書きはじめる。そうしてさっと映るように紙を見せると、ものの数秒で隠した。通話中の映像まで見られているかは分からない。だが、声で伝えるよりは安全と判断してのことだった。
 本日午後五時、有楽町駅銀座口。審神者は紙に書かれていたその文字をしっかり記憶し「分かりました」と答えた。ササキはほんの少しほっとしたように「それでは、また」と言ってから通信が切れる。山姥切長義は「場所まではすまないが頼むよ」と笑う。審神者がそれに頷くと、すぐに立ち上がった。時刻は午後四時。約束の時間まであと一時間。審神者たちの拠点からは近い場所なのでまだ余裕はある。だが、審神者は居ても経っても居られず、山姥切長義に「出よう」と声をかけた。
 その横顔を見て山姥切長義は少し黙る。つらそうだ、と素直に感じ取ったのだ。黙ったままの山姥切長義に「どうしたの?」と審神者が首を傾げる。山姥切長義はその顔をじっと見てから「すまない、時間があればもう少し休ませてほしいのだけど」と苦笑いを浮かべた。その顔を見て審神者ははっとしたように「ごめん、大丈夫だから休んで」と言いつつ、一つ息をつく。焦ったところで事態は動かない。そう言い聞かせているような表情に、山姥切長義はほんの少しだけ唇を噛むのだった。

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美濃国第〇番本丸 同行:三日月宗近
(備考:エノモト/三十代男性)
大和国第〇番本丸 同行:明石国行
(備考:ササキ/二十代女性)
備前国第〇番本丸 同行:太鼓鐘貞宗
(備考:フジミネ/六十代男性)
山城国第〇番本丸 同行:山姥切国広
(備考:ジンノ/二十代男性)
加賀国第〇番本丸 同行:鶯丸
(備考:トウジョウ/四十代男性)
豊後国第〇番本丸 同行:加州清光
(備考:ハシクラ/二十代男性)
石見国第〇番本丸 同行:篭手切江
(備考:サクライ/二十代男性)
周防国第〇番本丸 同行:鶴丸国永
(備考:アラキ/三十代女性)
〇〇国第〇番本丸 同行:山姥切長義
(備考:/○代女性)
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