二日目。審神者と山姥切長義は必要な日用品だけを買いそろえてすぐに拠点を後にした。鶯丸とその審神者とは今朝連絡を通信機器を通じて取ったが、鶯丸が「位置データのやり取りは控えたい」と申し出てきた。山姥切長義はその提案に了解し、そのときに時間と場所を決めて約束を取り付けた、というわけだった。指定された場所は東京駅近くの小さな喫茶店。鶯丸曰く時間遡行軍は審神者の霊力を追いやすい人気の少ない場所に出現する例が多いため、人混みに入ってしまった方が都合が良いらしい。
 指定された店に向かう。審神者が横断報道を渡り切ったとき、ふと山姥切長義の本体が入っている図面ケースに目をやった。角にそれなりに大きな傷がついている。その図面ケースは審神者が現代で調達したものだ。購入してまだ日は浅い。こんな傷がつくことがあっただろうか、と少し考えて思い至った。宗三左文字と合流したときに敵と間違われ刀を向けられた際、山姥切長義が図面ケースを捨てて刀を抜いた。そのときに勢いよく地面に叩き付けられたときにできたものだろう。そう思い出して、審神者はきゅっと唇を噛みしめる。
 指定された喫茶店「brillante」の看板を審神者が見つけた。オープンテラスが設けられており、審神者がそこへ目をやるとすぐに見つけた。鶯丸。同じ席に四十代ほどの男性が座りコーヒーを飲んでいる。すぐに鶯丸が山姥切長義たちに気が付くと、合図するように自分の通信機器をこちらに見せた。目の前でコーヒーを飲んでいるのは己の主である、と示したのだろう。山姥切長義も念のため通信機器を見せると、鶯丸は静かに微笑んで見せた。店員にはあとで二人来る、と伝えてくれていたらしく事前に聞いていた「トウジョウ」という名前を言えばすぐにオープンテラスへ案内された。

「加賀国第〇番本丸所属の鶯丸だ。本丸では近侍を務めている。こっちが主のトウジョウだ」
「〇〇国第〇番本丸のです。合流していただきありがとうございます」
「申し訳ないが俺の主は口下手なんだ。しがない太刀で良ければ情報は提供しよう」

 にこりと笑う。審神者はここまでの鶯丸の様子を見て、自分の本丸にいる鶯丸とまるで違うと少し驚いていた。任務に連れて行くと必ず余計なものに興味を惹かれて消えてしまう。ただの一度も任務に失敗したことはないが、少々気が休まらない相手ではある。だが目の前にいる鶯丸は非常に真面目で分かりやすく己の主に好意的に見えた。審神者の鶯丸も好意的であることに変わりはないが、本来あるべき主従関係、とでもいうのだろうか。主が違うと刀剣男士にも違いが出るのかもしれない、と内心感心していた。

「すでに知っているかもしれないが、俺は先に同行していた亀甲貞宗の代わりに赴いた二代目同行者だ。多数の時間遡行軍に遭遇し、亀甲は主を逃がしてから刀剣破壊。主もそのときに大怪我を負いながらもすぐに俺を現世顕現させたというわけだ」
「現世顕現?」
「通常だと現世任務に刀剣男士を同行させる場合、現代での顕現に必要な過程は政府のシステムが大半を補っている。主はそれをすっ飛ばして無理やり俺を現代で顕現した、というわけだ。並みの霊力ではできることではない。まあ、俺はひどい目に遭ったが」

 そう言いつつ近くを通った店員を呼び止める。鶯丸はメニューを山姥切長義に渡しつつ慣れた様子で「この黒蜜抹茶らてというものの一番小さいのを一つ」と注文をする。ここまで黙りこくっていたトウジョウがため息をつきつつ「お前、全部飲めるんだろうな」と呆れ声で呟いた。鶯丸は穏やかに笑いながら「分からん」と答えてから、山姥切長義たちに注文を入れたらどうだ、と視線で誘導してきた。その一連の流れを見て審神者は、やはり鶯丸という刀剣男士は少なからずマイペースなのだな、と先に思った印象を改めたのだった。
 山姥切長義が誰にも気付かれない程度に眉をしかめる。トウジョウは急襲を受けて大怪我を負った。だが、イトウとは違い霊力不調は起こらず、鶯丸を現世顕現させられるほどの力が残っていた。それは単純な霊力の個人差なのかもしれない。けれど、このイレギュラー続きの任務においてはほんの少し違和感が残る。現時点では何も分からない。ひとまず頭に留めておくことにし、考えることを一旦辞めた。
 審神者は注文したドリンクを口に運ぶ。その隣では山姥切長義が注文したアイスティーを一口飲んでから「現世任務というのはこれほど犠牲が出るものなのかな」と手っ取り早い質問を投げかけた。鶯丸は抹茶ラテの上にたっぷりのクリームと黒蜜がかかったそれを一口飲んでから、山姥切長義に視線だけを向ける。そうして「否」と呟いた瞬間、穏やかな微笑みが消え去った。

「主はこれが六度目の現世任務だが、死人が出たのはこの任務がはじめてだ。刀剣破壊は二度ほど遭遇したそうだが」

 ほんの一瞬だけ、トウジョウの指先が動く。山姥切長義はそれを見逃さない。「話を聞いても?」とトウジョウに声をかけると、少しの沈黙を挟んだのち、トウジョウが口を開いた。

「本任務は二ヶ月前より遂行されている。俺は三週間前に参加したが、そのときにはすでに狂い始めていた」
「狂い始めていた、というのは?」
「裏で手を引いている者がいる。あんたらもそれに勘付いたから位置データのやり取りをなしにしたことに違和感を示さなかったんだろう」

 トウジョウが伏せがちだった視線を審神者たちに向ける。そうして少し考えるように口をつぐんでから「鶯丸」とだけ言う。鶯丸はそれだけで何を言ったのか分かったようで、穏やかに笑いつつ机に置いたままにしてある通信機器を手に取った。そうして山姥切長義に「位置データの交換を」と言った。先ほど位置データのやり取りをしないことに同意している理由を言い当てたというのに。審神者が面食らっていると、鶯丸は「君は甘い物は好きか?」と言いつつ自分が注文した黒蜜抹茶ラテを審神者の前に置く。トウジョウは「言わんこっちゃない」とため息交じりに呟いた。

「元々俺も主も君たちは信用してもいいだろうと予想はしていた。つい昨日来たばかりだし、何よりあの隠岐国サーバ事件≠フ被害者だからな」
「な、なんでそのことを……?!」
「政府に所属していた山姥切長義なら知っているだろう。政府所属の好奇心の化け物」
「…………髭切か」
「ご名答。彼は何でも教えてくれるから助かる。喋ったほうが面白くなることしか教えてくれないのが玉に瑕だが」

 政府所属の刀剣男士、髭切はとにかく事態を面白い方向へ持っていくのが上手いらしい。そして恐ろしいほどの負けず嫌い。負けず嫌いなどという表現は可愛らしすぎる気もするが。政府の人事部は大変迂闊なことに髭切を機密データを保管している部署に配置しているのだという。髭切は政府からの任務に参加する本丸と無断に連絡を取り、任務に関係する情報を面白くなるように£供しているのだとか。そのことを覚えていた鶯丸が通信機器を使って政府と連絡を取り、髭切を出すように仕向けたのだという。そのときに山姥切長義と審神者の情報を手に入れたというわけだった。
 位置データを通信機器に登録し、山姥切長義は通信機器をしまう。鶯丸からくれぐれも他の審神者に位置データ履歴を渡さないように、と頼まれたので二人とも了承した。それから鶯丸は「悪い報せがある」と言いつつトウジョウが飲んでいたコーヒーを勝手に飲む。

「すでに俺たちは間者に目を付けられているらしい。ここ数日連続で時間遡行軍に急襲されている。何より同期ポイントを作った拠点付近にずっと時間遡行軍がうろついていて拠点に数日戻っていない」
「……薬研藤四郎とその審神者、宗三左文字とその審神者も同じでした。あと燭台切光忠を連れていた審神者も」
「宗三といえば、イトウの件は手助けできずに申し訳なかった。あのときは俺も手一杯だったんだ」

 時間遡行軍五振に追われている最中だったのだという。ステルス機能が作動しているはずにも関わらず追われている、というのはやはりリアルタイムの位置データが何らかの形で漏れているという可能性が高い。つまり鶯丸とトウジョウは現世にいる限り敵に居場所をずっと知られたまま行動しなければいけないというわけだった。ただ、すべて憶測にすぎない話であり、緊急退去に至る理由としては弱いのだという。緊急退去が叶わないのであれば、と政府に何度か同行者もしくは任務参加数を増やすように交渉しているそうだが、どれもうまくいっていないとのことだった。

「一つ助言をしよう。次は明石国行とその審神者に合流したほうがいい」
「なぜ?」
「彼らは三日月宗近と山姥切国広たちをひどく疑っている。何か理由があるようだが、俺たちは信用に足らないようで情報を提供してくれないんだ。君たちが相手なら話すだろう」

 鶯丸は伝票を手に取り、トウジョウに渡した。「勿体ぶった割に情報が少なくて申し訳ない」と笑う。トウジョウが伝票を受け取ってから二人が立ち上がると、審神者はふとトウジョウの立ち上がり方に違和感を覚えた。体が少し左に傾きつつ立ち上がったのだ。恐らく怪我か障害があるような。山姥切長義も気が付いたようでトウジョウのほうに目をやっている。鶯丸は何でもないように「時間遡行軍の襲撃の際に怪我をしたときのものだ」と言い、歩き出す直前にトウジョウに手を貸していた。歩行に支障が出るほどの大怪我。それでも霊力は安定している。山姥切長義は一度考えることをやめたそれをもう一度考えてみるが、とんと答えは出なかった。
 別れ際、二人は鶯丸から今後の動きについて聞かされた。鶯丸とトウジョウは通信機器をどこか人気の少ない場所に置いて行動をするという。位置データの追跡から逃れるためではあるが、あまりにも危険な賭けだ。位置データの追跡から逃れることはできるが、代わりに救援を呼べなくなるし何の情報も得られなくなる。政府と緊急連絡を取ることもできなくなるしそれこそ緊急退去もできなくなる。それでも鶯丸は「追われるよりはマシさ」と笑うだけだった。

「今日の夕刻、俺たちの位置データが動かくなった地点を覚えておいてほしい。もしそこから位置データが動いたときは救援を頼む」
「動いたとき、ですか」
「俺が折れて主が単独行動になった、と思ってくれ」

 にこりと笑った鶯丸と終始無表情のままだったトウジョウは、幻のように人混みの中へ消えていった。
 審神者と山姥切長義はひとまず拠点に戻り休息をとることにする。昨日は帰ってすぐに二人とも倒れるように休んだし、今日も朝から日用品を揃えて鶯丸とトウジョウと合流をしている。のんびりしている暇がないとはいえ、あまりにもハードな二日間だ。ほんの少しの休息は許されてしかるべきだろう。すでに位置データを交換している審神者たちの動きも特になし、襲われている様子もない。山姥切長義は通信機器をしまいつつ一つ息をつき、切符を買う準備をするのだった。

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美濃国第〇番本丸 同行:三日月宗近
(備考:エノモト/三十代男性)
大和国第〇番本丸 同行:明石国行
(備考:ササキ/二十代女性)
備前国第〇番本丸 同行:太鼓鐘貞宗
(備考:フジミネ/六十代男性)
山城国第〇番本丸 同行:山姥切国広
(備考:ジンノ/二十代男性)
加賀国第〇番本丸 同行:鶯丸
(備考:トウジョウ/四十代男性)
豊後国第〇番本丸 同行:加州清光
(備考:ハシクラ/二十代男性)
石見国第〇番本丸 同行:篭手切江
(備考:サクライ/二十代男性)
周防国第〇番本丸 同行:鶴丸国永
(備考:アラキ/三十代女性)
〇〇国第〇番本丸 同行:山姥切長義
(備考:/○代女性)
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