審神者たちが予想した通り、鶴丸国永とアラキは防戦一方だった。審神者たちの姿を見つけると鶴丸国永は上手く時間遡行軍を躱しながら合流。鶴丸国永は中傷、審神者も小さな切り傷を受けている。だが命に別条がないだけで勝利と言えるだろう。山姥切長義が刀を構えると同時に、篭手切江が飛び出して行った。残り五振。すべて短刀だ。審神者を後方へ下がらせてから山姥切長義も篭手切江に続きつつ、中傷を負っている鶴丸国永に無理をさせないように庇いつつ時間遡行軍を斬り伏せる。それを見ていた篭手切江の審神者であるサクライが「へえ」とどこか驚いたような声をあげた。

「山姥切長義って割と最近の刀剣男士だし、どんなもんなんだろうって思ってたけどちゃんと強いね。うちは聚楽第の特命調査、参加しなかったんだ」

 どうやら山姥切長義たちが統括係として派遣されることに違和感を覚えていたらしい。最近顕現が確認された刀剣男士への不安があったのかもしれないが、何よりも自分の本丸にいない未知の刀剣男士へはその不安も倍増する。そのため複数の審神者が参加するような任務での統括係は、ほとんどの本丸で顕現されている刀剣男士から選ぶのが無難と思われる。本任務においては例外らしいのと、山姥切長義はもうそのうち新しいとは言われなくなる。半数以上の本丸に顕現している刀剣男士になっているからだ。
 篭手切江が最後の一振を斬り、辺りに静けさが戻る。山姥切長義が北側の道、鶴丸国永が南側の道を警戒しつつ、篭手切江に目配せした。民家の塀の上から周囲の索敵をした篭手切江が「もういません」と断定したところで、ようやく戦闘終了となった。
 審神者が二人から聞いた情報をまとめる。サクライはアラキとは着任してすぐに合流しており、あとは鶯丸を連れた審神者と山姥切国広を連れた審神者としか合流ができていないという。他に三日月宗近を連れている審神者とも合流を計ったがやんわりかわされたのだとか。

「三日月の審神者と山姥切国広の審神者、どこかきな臭い気がする。俺たちと違って一ヶ月前から合流しているし、何より三日月の審神者のほうはちゃんと合流できたとあまり聞かないのに、山姥切国広のほうはかなり多くの審神者と合流している。それにも関わらず位置データのやりとりはほとんどしていないらしい。何か企んでいるんじゃないか、とかな」

 審神者が知っている限り、山姥切国広のほうはアラキも接触しているが、たしかに三日月宗近の審神者に関しては名前さえも話題にあがってこない。任務開始初期から現世へ来ているのだから多くの審神者と合流しているのが当たり前だろうに、二人はどうやらそうではなかった。宗三左文字が言っていた約束≠ェ関係している可能性が高いが、本人が話さない限り内容は不明なままである。結局は今合流できている審神者たちだけでは何一つ状況は進展しないままだ。
 審神者たちの話を聞きながら山姥切長義はひたすらに考察を続けていた。霊力の供給に滞りが出るのはなぜか。弱った刀剣男士と審神者をピンポイントで発見できるのはなぜか。思ったよりも時間遡行軍が多いのはなぜか。そして、各サーバ各本丸の手練ればかりが参加しているというのに、これほど多くの犠牲が出たのはなぜか。それを考えながら先ほど篭手切江の審神者であるサクライが言った言葉、何か企んでいるんじゃないか、とかな=B山姥切長義はそれらすべてを繋ぎ合わせ、カチッとピースが一つはまったところで審神者たちに聞こえないように「なるほど」と呟いた。

「今日のところは解散にしましょう。また何か情報を掴んだら連絡を取り合う形で宜しいですか?」
「はい。構いません」
「了解した。アラキ、拠点まで送る。鶴丸も中傷だし不安だろ。はどうする?」
「一緒だとステルス機能の問題もありますし、ここで解散します。お気を付けて」
「おう。そっちもな」

 サクライ、アラキとその刀剣男士たちを見送ったあと、審神者と山姥切長義は拠点に帰ることにする。一日目から情報量と行動量が多かったように思えるが、何一つ進展はしていないように思える。審神者はそうため息をついたが、山姥切長義はサクライとアラキたちの霊力が完全に消えるのを待っていた。そうして、二組の気配が微塵にも感じられなくなってから、「主」と慎重に口を開く。

「今後、他の審神者と合流するときは相手をよく見極めたほうがいい」
「どうして?」
「良くないものが混ざっている可能性が高い」
「……どういうこと?」

 山姥切長義は横目で審神者を見てから辺りを見渡す。人がいないか、時間遡行軍の気配はないか。出来得る限りそれを探ってから話し始めた。
 明らかに不自然な状況が繰り広げられている。政府本部のエキスパートたちが結集してバックアップをしているというのに、優秀なはずの審神者たちに不調が見られる。刀剣男士にその影響が及び、死に至る。霊力供給がうまくいかない、という問題は初歩中の初歩。審神者になったばかりの者が引き起こす問題だ。現世出陣任務を任されるような審神者がそんなものを引き起こすわけがない。審神者の霊力不調にはいくつか要因があると考えられる。
 一つは単純な体調によるもの。審神者も人間であることに変わりはないので、熱が出れば霊力操作がうまくいかなくなるし病に弱れば霊力も弱まる。ひどい怪我をした際も同様。これが最も代表的な霊力枯渇及び不調の原因とされている。
 もう一つは過度な霊力供給によるもの。一度に多くの手入れや鍛刀を行ったり術を展開したりした際に陥る不調である。霊力の量は審神者によって個人差があり、霊力の強いものは一度に第四部隊までの手入れを行ったりできるが、霊力の弱いものは二振が限界だったりする。霊力の強さは基本的に生まれ持ったものであり、努力で埋められる隙間はわずかであるとされている。次いで挙げられる原因だ。
 次はシステム障害によるもの。これは審神者や刀剣男士、ならびに本丸自体に全く問題はなく、政府のシステムの不備により引き起こされるものである。たとえば政府が本丸システムのデータを誤って破損させた場合や、余計なデータを追加してしまった際に起こることが多い。数字の一つでも抜けたり増えたりするだけで不調を示すため、霊力供給に関わるデータは限られた技術者しかアクセスできないようにされている。
 今の状況から見るに、選ばれた審神者たちはいずれも成績優秀で霊力の強い手練ればかりである。たった一振の同行に手こずるような審神者などではないはずなのだ。宗三左文字を連れていたイトウは怪我をしていたし発熱していた。霊力不調は体調不良によるものだと考えられる。宗三左文字の話では脇腹を怪我してから高熱を出し、寝込んでいたと言っていた。ただ気になるのは、高熱が出る前、脇腹を怪我しただけで通信機器さえ使えなくなった、ということだ。脇腹の怪我が相当深かったとしても、微弱な霊力で動かせる通信機器まで不調が出るものだろうか。
 イトウの疑問点も含めて考えるならば、最後に挙げたシステム不調があてはまる。だが、現世任務という重要任務だ。政府も担当する技術者はこちらも審神者と同じく優れた者ばかりを選んでいるはず。現代に来ているこちら側よりもトラブルは少なく、安定してシステム管理ができているはずである。それなのに、複数の審神者に不調が現れている。つまりは。

「何か良くない手が回っている可能性がある。他の審神者との合流と、位置データの展開は控えたほうがいい」

 山姥切長義は審神者に告げなかったが、何か良くないもの≠ェ関わっている可能性があるという考えに至ったのにはもう一つ理由がある。それは、まさに山姥切長義たち自身である。審神者と山姥切長義は隠岐国サーバ事件≠フ被害者である。時間遡行軍に協力した政府職員に殺されそうになった。そのことから時間遡行軍と手を組んだり寝返ったりしている可能性がかなり低く見られたのだろう。反逆者であれば狙われることはないからだ。
 つまり、政府側もこの任務内に置いて何か良くないもの≠ェ混ざり込んでいるということを認識しているのだ。政府から見て限りなく白に思われる審神者と山姥切長義にそれを探させようとしている。何か特別な理由がない限り、政府の不徳により被害を受けた自分たちにこんなに早く任務に就けなどと言ってこないだろうと元々疑ってはいた。それらを総括して山姥切長義はそういうふうに解釈したのだった。

「三日月宗近、太鼓鐘貞宗、山姥切国広。この刀剣男士とその審神者と合流する際は慎重にしたほうがいい。特に三日月宗近と山姥切国広。この二振のどちらかと合流してしまえば彼らに情報を共有されるからね」
「……気を付けたほうがいい、という根拠は?」
「ここへ来てから刀剣破壊及び死亡した者の中で、最も長く任務に就いていたのは宗三左文字の二週間、次いで薬研藤四郎の一週間、燭台切光忠の三日。日の浅い者ばかりが狙われているだろうう」
「明石国行と鶯丸、加州清光の審神者……は、そっか、最初の同行者が刀剣破壊に遭っているから除外、ということ?」
「その通り。審神者の中に良くない者がいるという根拠はないし、政府職員が裏切っているという可能性は大いにあるが、気を付けるに越したことはない」

 駅が見えてきた。人混みに入ると任務の話がしづらくなる。山姥切長義はそれを思ってかほんの少し歩く速度をゆっくりにする。審神者もそれに気が付いてゆっくり歩くと、山姥切長義が少し笑ったように見えた。よく分かったね、と褒めるような視線に審神者は少しだけ気恥ずかしそうに笑い返した。

「次に合流するならば、安全圏と思われる加州清光の審神者かな。次の候補が鶯丸、次が明石国行。さて、どうする?」
「鶯丸とその審神者にしよう」
「その理由は?」
「イトウさんの退去協力をお願いしたとき、それどころではない≠チて断ってきたから、かな」
「……分かったよ。明日、連絡を取る」

 山姥切長義は薄く笑いながら、駅に向かって進んで行く。審神者は山姥切長義の少し後ろを歩きながら「ごめんね、ありがとう」と小さな声で呟いた。

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美濃国第〇番本丸 同行:三日月宗近
(備考:エノモト/三十代男性)
大和国第〇番本丸 同行:明石国行
(備考:ササキ/二十代女性)
備前国第〇番本丸 同行:太鼓鐘貞宗
(備考:フジミネ/六十代男性)
山城国第〇番本丸 同行:山姥切国広
(備考:ジンノ/二十代男性)
加賀国第〇番本丸 同行:鶯丸
(備考:トウジョウ/四十代男性)
豊後国第〇番本丸 同行:加州清光
(備考:ハシクラ/二十代男性)
石見国第〇番本丸 同行:篭手切江
(備考:サクライ/二十代男性)
周防国第〇番本丸 同行:鶴丸国永
(備考:アラキ/三十代女性)
〇〇国第〇番本丸 同行:山姥切長義
(備考:/○代女性)
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