「納得できないんだけど」

 困り果てる審神者の前で拗ねているのは加州清光である。この本丸における初期刀であり近侍を務める最古参。そして、主力である第一部隊隊長を務めている。その隣でお茶を飲んでいるのが鶯丸。この本丸では特に役職に就いているわけではないが、本丸最強と言っても過言ではない実力者である。
 今回の任務指令の日程と概要を聞かされた二振は、それぞれ個性豊かな反応を見せている。加州清光は先の台詞の通り明らかに不満げである。その隣の鶯丸はいつも通りの穏やかな表情のままではあるが、妙な威圧感を醸し出していた。審神者は苦笑いをこぼしつつ「そうは言われてもね」と言うしかできなかった。
 加州清光が納得できないのは、なぜまたしても審神者が赴かなければいけないのか、ということだった。事件に巻き込まれて怪我をしたばかりの審神者が任務に就くことが加州清光にとっては許せなかった。審神者に対して怒っているのではない。そんな任務指令を寄越してきた政府に怒っているのだ。

「百歩、いや五百歩譲って同行者を指定してきた理由は分かった。でも、それは主じゃなきゃだめなの?」
「え、えーっと」
「前にあんな大怪我させられたんだよ? 俺はまだあの人間たちのことを信用できない」
「き、清光……」
「それに他に統括できる刀剣男士はいるでしょ? うちの山姥切長義じゃなきゃだめなわけ? うちの山姥切長義はもう政府所属じゃない。この本丸の山姥切長義でしょ? なに勘違いしてんの、あの人間たち」

 加州清光は止まらない。下品になりすぎない程度にこてんぱんに政府を罵り、審神者になんとか断れないのかといろいろ提案してくる。指令書を手に取り再度読んでから加州清光が「しかもほら、三日月とか燭台切とかいるじゃん!」と指差した。
 三日月宗近、燭台切光忠。どちらも部隊長にされていることの多い刀剣男士である。この本丸に置いても部隊長として出陣することは珍しくないし、誰もが一目を置く刀剣男士だ。何も山姥切長義でなくてはならないという理由にそこまで強いものはない。政府と連絡が取りやすいことは確かであるが、それは山姥切長義ではなくてもどうにかなること。通信機器の使い方は審神者が教えれば刀剣男士だって使いこなせるはずだ。もちろん得意不得意はあるが。現代社会に慣れている、と理由も落ち着いており冷静な刀剣男士であれば上手く繕える箇所ではある。最後に挙げられていた統括係に向いている、というのは最たる例である。山姥切長義ではなければいけない理由にはならない。
 静かに聞いていた、というよりは聞いていたのかさえ危うい鶯丸がようやく審神者を見た。静かな視線に気が付いた審神者が鶯丸に助けを求める。鶯丸はにこりと笑い、湯呑をゆっくり盆の上に置いた。

「それだけ政府が主に期待しているということだろう」
「何さ、主がまたあんな大怪我をしてもいいってわけ?」
「加州」
「何?」
「誰がそんなことを言った?」

 一瞬で執務室が凍る。さすがの審神者もその殺意にも似た冷たい空気に笑みが消え去る。鶯丸だけがにこにこと穏やかに笑ったまま、加州清光から視線を外して審神者に視線を戻した。加州清光が床に捨てた指令書を静かに手にすると、鶯丸は静かに読み進めていき「愚策」と吐き捨てる。

「政府は無能ばかりでこの程度の策しか講じられない。哀れなことだ。だから主と、かつて政府で優秀な働きをした山姥切長義に助けを求めているのだろうな」

 捨てるように指令書を離す。見向きもしないままにまた湯呑を手に取ると、にっこり笑った。

「安心しろ。何かあれば全員俺が斬り捨てるさ」
「……あ、安心しました……とても……」
「それはよかった」

 穏やかに笑い、お茶を一口飲む。そうして開いている戸の向こうに広がる空を見上げて「良い天気だ」となんでもないように言った。
 お茶がなくなると鶯丸は当然のように執務室から出て行く。それを唖然と見送った加州清光は、鶯丸の足音が聞こえなくなってから深いため息をついた。「心臓に悪い、本当」と笑いながら言うとまっすぐに審神者を見た。

「まあ、うん。納得はできないけど……行かなきゃいけないのなら、俺にはどうにもできないし」
「ごめんね」
「謝らないでよ。鶯丸もああ言ってることだし、何かあったら政府に殴り込みに行くからよろしく」

 一つ伸びをしながら加州清光は天井を見上げて「まあ」と脱力した声を出した。

「山姥切長義なら大丈夫でしょ」

 そう笑って審神者を見てから「悔しいけど」と呟いて立ち上がる。山姥切長義が抜ける分の内番のローテーションを考え直すと言って執務室から出て行った。その後ろ姿を見送って審神者は山姥切長義になんと説明しようかと肩を落とすのだった。

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